*百合



「あ。こちらですわ、なまえさん」
「大声で呼ばないでもらえるかしら……っ!」
「すみません」


とあるカフェ。明らかになまえの声のほうが大きかったが八百万は笑顔で謝った。ふんと髪の毛をかきあげて八百万に対面するように背筋を伸ばし腰かけたなまえ。八百万はメニューを渡してどれにしますか? と尋ねる。メニューを見つつなまえはため息をつくと紅茶と一言だけ答えた。

なまえをお茶へと誘ったものの、まさか本当に来てくれるとは思わなかった。なまえのことだから何かしら理由をつけて断るのだとばかり思っていたのだ。私服のワンピースがよく似合っているなまえを眺めた後で八百万は店員に紅茶を二つとオーダーをした。


「いつも一緒にいる方々は今日は……」
「ああ、彼女たちとは別行動にしたのよ。ここに来るまでは一緒だったのだけど、帰りに合流する形にしてね」


なまえ様を雄英の生徒と二人きりにさせるなんてできませんと泣いて縋る様子が八百万の頭に浮かぶ。ということは、なまえがあの少女たちに別行動を提案したはずだ。彼女らが別行動を提案するとは思えない。


「……なまえさん」
「なに?」
「そんなに私と二人きりになりたかったのですね……!」
「か、勘違いしてほしくないわね。私はいつもとは違うところで紅茶を飲んでみたかっただけでしてよ。あの子たちが来ると私にいつもの紅茶を入れたがるから別行動にしただけ」


それなりにお金は取るがいい茶葉を使っているカフェで有名なところを選んで正解だった。八百万がふふっと笑って最近の学校生活について語り始める。それになまえは頷きこそしないが、目線は八百万に向けてくれていた。


「そういうことで、私はうまくやっていますわ」
「うまくやってくれなければ困るわ。私に勝ったんだから」
「はい。頑張ります。なまえさんは学校で何かありましたか?」
「仮免取得のために猛特訓、って感じね。あとは……後輩たちへの指導かしら」
「まあ。なまえさんいい指導なされているのでしょうね。後輩が羨ましいですわ、なまえ先輩」


ぴくり、となまえの肩が跳ねたことに八百万は瞬きをする。見れば少しだけ耳が赤くなっているような。


「……なまえ先輩?」


やめなさいっと耳を塞いで顔まで赤くしたなまえに、八百万まで恥ずかしくなってしまった。ただ先輩呼びをしただけでこんなに照れるなんて、普通予想しないかじゃないか。こほんと一つ咳払いをして八百万は顔の赤みを誤魔化した。


「なまえさんなぜ照れたのです……?」
「照れてなど……後輩も私のことをなまえ様と呼ぶから、慣れてないだけでしてよ」


最後は蚊の鳴くような声になってしまったなまえの話に八百万はなるほどと納得した。慕われているのは嬉しいようだが、そのせいか先輩と呼ばれることがなかったらしい。目を逸らしていたたまれないという表情をするなまえにもう一度「なまえ先輩」と呼んでみた。それになまえは怒りながら八百万さんっと少し腰を浮かす。


「私、これからそう呼びます」
「どうしてっ」
「私だけの特別な呼び方になりますわね」
「はぁ……?」


バカじゃなくて……。なまえがポスンと座り直すと丁度よく頼んだ紅茶が二人のテーブルに置かれた。


「……勝手にしてちょうだい」
「ええ。そうしますわ、なまえ先輩」
「私のIQを持ってしても、八百万さんの思考はわからなくてよ……」


疲れた顔をしながらなまえは紅茶を口に含む。どうやら紅茶が口に合ったらしく口角が緩んだ。


「なまえ先輩、私のことも百さんと呼んでくださると嬉しいですわ」
「呼ばない」
「でしたら百ちゃん?」
「どうしてさんからちゃん付けに変わるのかしら!」


不機嫌そうな表情を見せるなまえだが八百万は楽しそうだ。店員はどういう関係なんだろうと思いながらも「ごゆっくり」と言葉をかけた。



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