*『窒息しそうな夢十夜』のつづき
*百合



「なまえちゃん、デートしましょ」
「ででで電灯!?」
「デートよなまえちゃん」


蛙吹にデートへと誘われたのは昨日のことだ。廊下で呼び止められたときはなんだろうと思ったがまさかデートのお誘いだったとは。

なまえが蛙吹から告白された日、二人は付き合い始めた。蛙吹の積極さに負けてつい頷いてしまったことから始まったが、今ではなまえはすっかり蛙吹が大好きだ。ただの友達だと思えなくなったのはいつからだっただろう。女の子同士なんてもう関係なかった。なまえは蛙吹だから好きになったのだ。


「お……お待たせ梅雨ちゃん」
「私も今来たところよ」


あああめっちゃデートっぽい……! 夕方、待ち合わせ場所へつくと蛙吹は既にそこにいた。なまえはそっかぁと笑いそわそわと無意味に手を組んだり髪を触ったりする。デートなんてはじめてだ、と緊張で蛙吹の顔がうまく見れない。蛙吹はそんななまえをじっと見つめると突然手を握ってきた。


「ななななに!? どうしたの梅雨ちゃん!」
「なまえちゃんが手を繋いでほしそうにしていたから」
「えっ……!」
「……ケロッ。冗談よ」


行きましょ、となまえの手を優しく引き蛙吹は嬉しそうに歩みを進める。もしかして緊張を解こうとしてくれたのでは。熱い頬をそのままになまえは蛙吹の大きくて温かい手を握り返した。


「ところで梅雨ちゃん……なんで遅い時間に待ち合わせしたの……?」
「お金のかからないデートにしたくて。そう考えたらこれしかないと思ったのよ」
「?」
「楽しみにしてて。きっとなまえちゃん喜んでくれると思うの」


あと少しもすれば日が暮れるはずだ。お金を使わないという点ではありがたいことこの上なかったが、どこへ向かっているのだろう。なまえとしてはこうして色々なところを歩いているだけで十分幸せなのだけれど。


「なまえちゃん、私は思ったことなんでも言っちゃうの」
「そう、だね?」
「でもなまえちゃんは違うでしょ? 私にされることで嫌なことがあればすぐに言ってほしいの。嫌なのに我慢されるのは苦しいわ」


顔の赤みがすーっと消えていくのがわかる。なまえは蛙吹がそんなことを思っていたとは知らなかった。恥ずかしいという理由で何も言わなかったことが蛙吹に不安な思いをさせていたなんて。なまえが何も言えずに俯いていると蛙吹がついたわと足を止めた。なまえは前を見なきゃ危ないやと反省しながら顔を上げて、目を大きく見開く。


「き、きれい……!」


蛙吹が連れてきてくれたのは駅前の噴水広場だ。壁や植えられた木にイルミネーションがこれでもかと輝いていた。日が暮れたことでライトアップされハートや星の形にキラキラと光っている。


「梅雨ちゃん見て、うさぎ型だよ! あーあれ蛙じゃないかな、梅雨ちゃんだねっ」
「そうね。私だわ」
「すごーい、きれーい!」


イルミネーションに負けないくらいなまえの目が輝き先ほどの気分の沈みが嘘みたいだ。蛙吹は目を細めてなまえを見つめる。イルミネーションにはしゃぐなまえをしっかり焼きつけるような視線だった。







「梅雨ちゃんありがとう、楽しかったー」
「よかったわ。帰宅時間過ぎちゃうかしら……相澤先生に怒られちゃうし、ちょっと急ぎましょう」
「えっ嘘。ごめんね……私が時間忘れてはしゃいじゃったから……」
「謝らなくていいわ。かわいいなまえちゃんが見られて役得だったもの」
「か、かわ……っ」


言いたいことを口にされて、イルミネーションを見る前蛙吹が言ったことをふと思い出した。なまえはいつの間にか離れてしまっていた手を今度は自分から握る。ケロ……? と戸惑った声を出す蛙吹になまえは深呼吸をした。


「あのね梅雨ちゃん……ごめん!」
「? 本当に気にしないで。早く帰ればまだ間に合うわ」
「ちがくて……その、ちがうんよ。……私、梅雨ちゃんのこと、好き」


蛙吹の呆けた顔がおかしくてへへっと笑みが零れる。


「言ってなかったから、不安にさせちゃったよね……ごめん。言わなきゃ伝わらんもん」
「……なまえちゃん」
「ちゃんと梅雨ちゃんのこと大好きだよ。我慢なんてしてない。梅雨ちゃんが私に好きって言ってくれるの、とっても嬉しいよ。今日も散歩するだけで楽しいからいいのにって思ってたけど、梅雨ちゃんとイルミネーション見られて幸せで――」


そこでなまえの言葉はぴたりと止んだ。蛙吹がガバッとなまえに抱きしめてきたのである。羞恥と驚きで口をぱくぱくと開閉することしかできないなまえに、蛙吹は目の下を真っ赤にしながら囁いた。


「それ以上は寮に帰ってからにしてほしいわ……なまえちゃん、外でキスされたくないでしょ?」


自分の鼓動がうるさすぎて蛙吹に聞こえていないかハラハラする。とっくに聞こえているのだがそれは蛙吹も同じだ。結局帰宅予定時間を三分過ぎてしまった二人は相澤に怒られた。だが怒られているのに二人が幸せそうに笑っているものだから、怒られているところを見ていた緑谷たちは首を傾げたという。



きみの酸素は花のよう



戻る