「ねえ、この日どうせ暇でしょ」
「へ?」


その夜、暇だと決めつけられた切島は瞬きをして通話中の電話を片手になまえの言葉の意味を考えた。

時は過ぎ林間合宿前、体育祭優勝者として招待されたなまえの付き添いとして切島は《I・アイランド》を訪れていた。どうやらあの電話は暇なら一緒に行かないかというお誘いだったらしい。途中緑谷たちと会ったり口論したりと色々あったが、問題はホテルで起こる。


「は!? 同室って……っ!」
「何騒いでんの」
「いやいや! 男女同室はさすがにやべえだろ!」


ぶんぶんと顔と手を左右に振りながらなまえにダメと必死に伝える切島。 しかし首を傾げたなまえは大して気にした様子も見せず荷物を床に放り投げるとベッドに横になった。よかった、ベッドは二つきちんとある……いや、そうではない。


「今からでももう一部屋頼もうぜ」
「なんでよ。私との同室がそんなに不満なの?」
「そうじゃねえって……! なんでお前頭いいのに今日そんなバカなんだよ……!」
「ああ!?」


なまえが額に青筋を立てながらガバッと起き上がった。言葉を訂正するつもりはないがとりあえず謝っておく。彼女を怒らせたままにすれば話しかけても無視され続けてしまう。それは少し……否かなり寂しいものだ。


「……まあ、いいけどよー……あれだろ? 最初は女子誘おうとしてて、前もって予約してたのがこの一部屋みたいな」
「ホテルも勝手に準備してくれたものだし、切島以外に声かけるわけないでしょ。そっちのほうがバカなんじゃないの」
「ん……?」


目を逸らしたなまえが気まずそうにボソリと呟く。しかし狭い空間の中聞き逃すはずもなく切島は意味を理解しようと頭をフル回転させる。


「……あー、俺の都合のいい解釈しちまうけど」


がしがしと頭を掻きながら言っても、文句は返ってこない。切島は段々と顔が熱くなっていくのがわかった。自分を誘ったのも、今のこの二人きりの状況もなまえ自身が心から楽しみにしていたものだったとするなら、もう何も言えなくなってしまう。


「っれ、レセプションパーティー! 飯田にも言われただろ? 準備して行こうぜ!」


なまえがこちらを見てないことをいいことに背を向けて荷物に入れたはずのスーツを探す。行かない、ドレスも持ってないしと言っているので前もってなまえのためだけに準備していたドレスを見せた。


「持ってきた!」
「待てやいくらしたコラ!!」
「値段なんて気にすんなって。なまえに似合うと思ってさ」
「クソ髪ィ……っ」
「なんてな、実はこれ二つ上の親戚からもらってさ。買ったはいいけど使う機会なくて一回も着てないものらしいから、もらってきた!」
「聞いてねえ!」


ダメか……? と不安になり尋ねると、ぐっとなまえは言葉を詰まらせた。そして奪うようにしてだがドレスをもらってくれたので、パーティーに出席してくれるのだろう。


「サンキューなまえっ! 楽しみにしてるな!」
「っ、」


なまえのドレス姿を。言わずとも通じたらしく、かあっとなまえの白い肌がみるみる赤くなっていく。自分の色だ……と切島は口角が自然と上がってしまう。咄嗟に口元を隠してバスルームへとダッシュしたおかげでここで着替えることができそうだ。あああと切島は顔を手で覆ってうずくまる。自分がなまえをあんな顔にしたということがなぜかすごく嬉しい。口の中で好きという言葉を転がして、切島はゆっくりと着替え始める。ベッドの上で声にならない悲鳴を上げて恥ずかしがるなまえに気づくことはない。これで付き合っていない二人がくっつくかどうかでクラスメイトがよく議論しているのももちろん知る由もなかった。



言の葉の色彩学



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