段差も何もないところで躓いてしまい、なまえの小さな体は前へ倒れていく。見える景色全てがスローモーションとなって来るであろう痛みに耐えるために目を思い切り瞑る。しかしいつになっても痛みは訪れず、そーっと目を開けると誰かが後ろから自分の体を支えてくれているみたいだった。


「あ、ありがとう」
「っぶねー」


助けてくれたのは上鳴だったようで、冷や汗をかきながらほっと息を吐いている。上鳴は「あーよかった間一髪」と言いながらなまえを持ち上げ腕に乗せた。視界が高くなったことに特に驚くこともなく「んじゃ、なまえ。教室戻るか」の言葉に「うん」と答える。上鳴が自分を抱っこするのは今日に限ったことではない。顔を合わせれば一度は必ず抱っこされるのでいい加減慣れてしまった。何を言っても無駄なことも既に知っている。


「なまえちゃんおかえりなさい。どうぞ」
「わーい女の子ー!」


教室に戻れば蛙吹が椅子に座りながら自分の太もも辺りをポンポンと叩いていた。おまけにどうぞと言われれば行くしかあるまい。自分が大好きな女の子ともなれば尚更だ。上鳴に下ろしてもらい満足気な顔で蛙吹の膝の上にちょこんと座る。いつの間にか周りには麗日や八百万たち女子全員も来ていた。女の子ばかりで目の保養でしかない。


「梅雨ちゃん、次私いいかな」
「ええ。もちろん」
「では次の休み時間は私の膝をお貸ししますわ」
「ウチはヤオモモの後で」
「えへへー女の子ばんざーい」


両方の頬を押さえてにこにこと笑う姿にかわいいーと葉隠と芦戸もこっちにも来ていいよと笑い返す。幸せだと思いながら休み時間は女子たちの膝で過ごすことが多いなまえの一日は過ぎていった。


「にしてもなまえは女子にモテモテだな」
「女子に生まれたことをこれほどまでに感謝したことはない」
「くっうらやましいぜ……」


帰る場所は同じだと言っても全員同じタイミングで寮に向かうということは滅多になく、なまえは大体上鳴と帰っていた。なまえの鼻歌を聞きながら上鳴は苦笑して言葉を発する。


「でもやっぱちょっと寂しいよなぁ」
「なにが?」
「正直なまえと仲良いの俺だと思ってたからさ。女子に取られた感すげぇなって」


いつものふざけた感じではあったが、それに気づかなかったなまえは不思議そうにしながら返した。


「私一番好きなの上鳴だけど、上鳴は違うの?」


クラス一小さな体のなまえが必死にこちらを見上げて当たり前のように聞いてくる姿に上鳴が落ちないわけがなかった。大好きです! と敬礼してみせる上鳴にあははと笑うなまえの耳は微かに赤くなっていたという。



透明の中に隠してしまおう



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