*百合
日直の仕事を終えて校舎から出れば昼から降り始めていた雨は土砂降りとなっていた。やまなかったかーと苦笑してリュックをさっと頭の上に準備して深呼吸をする。よしっと意気込んで足を踏み出そうとした瞬間「なまえちゃん」と名前を呼ばれて「ぎょ」という変な声を出してしまった。恥ずかしい……と思いながら振り向くとそこにいたのはクラスメイトの蛙吹だった。
「梅雨ちゃん……! どうしたの、もう下校時間とっくに過ぎてるよ」
「なまえちゃんを待ってたの。雨が降り出してから外を気にしていたみたいだったから。傘持ってないんじゃないかと思って」
「えっエスパー……!」
「違うわ」
手に持っていた傘を掲げる蛙吹はどうやら傘のないなまえと一緒に帰るために待っていてくれたらしい。蛙吹がいなければ寮まで濡れて帰るところであった。ありがたすぎて涙が出そうになったが必死に我慢する。お礼を伝えてから蛙吹の傘の中にお邪魔し五分間の道を二人で肩を並べ歩いていく。
「いやぁ梅雨ちゃんがいてくれて助かったよ」
「気にしないで。なまえちゃんと帰れるのは嬉しいもの。待っててよかったわ」
「ごめんね。待たせちゃって……」
「申し訳ないと思うならこれからは些細なことでも言ってほしいわ。濡れて帰ったら風邪引いちゃうもの」
「うんっ」
蛙吹の優しさが嬉しくて大きく頷くとケロッと微笑んでくれた。いつも思っていることだが蛙吹の隣はなまえにとって心地よい。なぜと言われると困るが、なまえにとって蛙吹は他の誰よりも付き合いやすかった。一緒にいると意味もなく気分が上がるし、ちょっとしたことで落ち込んでいてもすぐに元気になれる。こうして考えてみると蛙吹といるといいことしかない。
「梅雨ちゃんの前世って神様だったの?」
「何を言っているのかわからないけどそろそろつくわよ、なまえちゃん」
「あっ本当だ」
玄関前で傘の水を飛ばしている蛙吹に改めてお礼を言うべく目を合わせた。
「ありがとう。助かったよ」
「遠慮しないで。なまえちゃんのためだもの」
「さすが梅雨ちゃん、私の友達だね」
むしろ大親友! と心で叫びながら笑うと蛙吹は何とも言えない顔をして顎に人差し指を当てる。思い出したように持っていた傘を置いてからなまえへと向き直った。
「なまえちゃん」
「何? 梅雨ちゃん」
「私、そろそろなまえちゃんと友達をやめたいわ」
「……え」
あ、あれ。今なんかすごいこと言われた気がする。もしかして仲がいいと思ってたのは私だけだったのだろうか、となまえは視線を彷徨わせる。答えに迷っていると蛙吹が謝罪をして言葉を続けた。
「ごめんなさい、違うのよ。言い方が悪かったわ」
私はなまえちゃんのこと恋愛対象として好きだから、友達のままだと困るのよ。蛙吹は淡々とした口調で最後まで言い切った。なまえは何度も瞬きを繰り返し言葉の意味を理解した途端かあああと頬が赤くなるのを感じた。
「つつつ梅雨ちゃん……っ、エイプリルフールはとっくに終わってるよ!?」
「例え嘘でも女の子を好きだなんて言わないわ。そろそろなまえちゃんがほしい」
「ほっほしいって……!」
恥ずかしがりながら慌てるなまえを見ながら、蛙吹が珍しく満面の笑みを浮かべて大きな手をなまえの頬に添えた。
「なまえちゃん大好きよ。私でよければ、恋人になってくれないかしら」
もちろん同性の蛙吹をそんな目で見たことはないし、これからも見る予定だってなかった。なぜ今自分がこんなにもどきどきしているのかわからないまま、なまえはぎゅっと目を閉じる。蛙吹の手の体温と自身の体の熱を感じながらなまえは思考を放棄した。すぐに断れなかった時点でなまえの未来は決まっているのだが、何も知らぬまま体を小さくして落ちつくために唇を噛みしめるのだった。
窒息しそうな夢十夜
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