「うさぎさん、ぼくにもふーせんください!」
「………」
「わぁーありがとう! うさぎさん!」


風船を渡し手を振ると三歳くらいの男の子が笑顔で母親と思われる人に駆け寄り、もう一度私を見ると手を振り返してくれる。次々に小さな子どもたちが私の周りに集まり、持っている風船をせがんだ。実際喜んでくれているのは私にではなく、着ぐるみのうさぎにではあるが。

お金が必要だった。出久くんのおかげでほんの少しだけ生きたいと思えたはいいものの、とにかくお金が足りない。おじ様が落としたお金はホテル代を含め三日は持つであろう額ではあったが、それでも三日だ。すぐになくなってしまう。生きていくためにお金は必要不可欠だ。基本的に出久くん以外は信用しないと決めているから、出久くんと会ったときのような稼ぎ方はもうできない。出久くんの体育祭の練習に付き合った昨日、ホテルへ向かう道でたまたま即日採用の風船配りのバイトを見つけて応募し今この状況というわけだ。とりあえず言いたいのは着ぐるみ重いしめちゃくちゃ暑いということくらいだろうか。汗が昨日走った比ではない。着ぐるみのうさぎがかわいくなかったらすぐにでもやめたいレベルに暑かった。真夏に中に入っている人は尊敬する。


「あ……!」


子どもの焦ったような声で私の思考は現実へと引き戻される。声のしたほうを見れば手を離してしまったのか空に風船が浮かんでいくのがわかった。間に合わなくなる前にと私は思いきり走ってジャンプし、子どもの風船をギリギリでキャッチする。着地も上手くいき、着ぐるみを着た状態でこんなに飛べて着地もできるなら、普段はもっと高く飛べるのでは……? と思った。私の身体能力やばい……と感激していると周りからパチパチと拍手が起こっているのに気づく。


「うさぎさんすごーい!」
「もっかいやってー!」
「かっこいい……ありがとう……!」


風船を離してしまったのは女の子だったらしく、はいと手渡すとにこにこと笑ってくれる。癒されるなあ、かわいいなあ……出久くんの照れた顔の次にかわいい。


「ちょ、大丈夫……!?」


一部始終を見ていたらしいバイト募集をしていたお店の男の人が心配しながら近づいてくる。大丈夫ですよの意味を込めて残りの風船を持っていないほうの手を二度振った。そういえば残りの風船無事でよかったな。


「もうそろそろ時間だから戻って着替えていいよ。ありがとうね、お疲れ様」


ひそひそと小声で伝えてくれたので戻ることにする。最後まで子どもたちに手を振ることを忘れずに、更衣室で手伝ってもらいながら着ぐるみを脱ぎお給料をもらった。日払いの手渡しって素敵だ、その日にもらえるのだから。明日も来られたりする? と聞かれたのでもちろんと答えその日は帰ることとなった。これならちゃんとしたバイトだしお金ももらえるから出久くんも怒らないよね!


「なまえさん?」
「え」


夢かと思いながら振り返ると、そこにはリュックを背負った出久くん。下校時間のため学生がいるのは当たり前だが、まさか出久くんに会えるなんて……! いや、それよりも!


「出久くんから話しかけてくれた……! 嬉しい……!!」
「え、っと……あはは……あれっなまえさん汗かいてる……?」


着ぐるみを脱いで涼んだとはいえ肌にはりついた髪でわかったらしい。私髪を結うもの持ってないから髪の毛下ろしたままだったしなあ……ヘアゴムも買ったほうがいいかも。


「実はですね……じゃじゃーんっ! 見てください出久くん!」
「えっお金……!?」
「バイトして稼ぎました。偉いですか?」
「ああバイト……うん、偉いよなまえさん。あっごめん偉いって僕すごく上からで……」
「……えへへー」


褒められたーと緩む口角と戦っていると、でも本当に頑張ったんだねと更に嬉しいことを言われて戦うのをやめた。緩んでいたって迷惑をかけるわけじゃないし。


「今日も練習中傍にいていいですか? 今日はちょっと疲れちゃってるので付き合いはできませんが」
「いいけど……僕が走り終わるの待ってるの……? その間なまえさん暇になっちゃうし……」
「出久くんが走ってて見えなくなっても、出久くんを待っている時間は幸せなので大丈夫です」
「ししししあわせっ!?」


やっぱり一番かわいいのは出久くんの照れた顔だと再確認した瞬間だった。



05.誘惑のスイートタイム



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