*百合
*敵連合に捕まった設定



「えへぇ……なまえちゃんかぁいいね……どきどきするねぇ?」
「っう……」
「首痛い? 痛かったよね? でももう大丈夫です……なまえちゃんがいい子にしていれば、もう痛いことはしませんから」


床に押し倒された私に馬乗りになるトガヒミコの顔は恍惚としていた。体に力が入らないのは少し前不意打ちで首に打たれた注射のせいだろうか。唯一自由である目をせわしなく動かして敵を探すがトガヒミコ以外に人の姿は確認できない。それに気づいたのかトガヒミコはにまりと笑った。


「二人きりにしてもらいました。弔くんは最後まで文句たらたらでしたけど」
「なにが……目的、なの」
「私ね、なまえちゃんがほしいんです」


ご機嫌にそう語るトガヒミコの狙いがわからない。私がほしいとはどういう意味だ。私の頬を撫でてトガヒミコは顔を紅潮させる。体を動かしたいのに動かせずやめてと口で拒否することしかできない。


「ねえ。ちゅうちゅうしてもいいですか」
「……?」
「チウチウはまた今度します。ちゅうちゅうするね」


顔が近づいてきたと思ったら突然唇同士が合わさりさすがに目を見開いて抵抗した。だるくて重い腕を上げてトガヒミコの腕を押すが力が入らずこれではまるで縋っているように見える。ちゅっちゅっと小鳥が啄むようなキスがしばらく続き、ぺろぺろ唇を舐められた。


「思った通りなまえちゃんの唇すごく甘いねぇ。もっとしていい?」
「んむ……ん、っ」
「んー、ちゅうちゅうしてもしても足りません。かわいいですよなまえちゃん……すごくかわいい」


ようやく唇が離れたときには口元がどちらの唾液がわからないほどにべとべとに汚れていた。私が苦しさから解放され肩を息をしているならトガヒミコは興奮で息が荒れている。わからない、何もかもわからない。私が連れ去られた理由もトガヒミコの気持ちもキスの意味も。


「ぅ……ら、らか……さん」


頭をよぎったのは敵連合に連れ去られる瞬間私に手を伸ばしてくれた麗日さんだった。なまえちゃんっ!! と誰よりも大きな声で私の名前を呼んでくれた麗日さん、助けようとしてくれたクラスの皆。早く戻らなくちゃと思ったそのときだった。横を向いていた私の目の前すれすれを通り、ガッと勢いよく"それ"は床に刺さる。――ナイフだ。両手で床に刺さったナイフを持ったまま無表情で私を見つめてくるトガヒミコにぞっとした。表情の変化に声が出なくなり冷や汗が出る。


「……私の前で私以外の人の名前出しちゃダメです。そいつら、刺したくなる」
「っ!」


目が本気だった。きっと刺そうと思えばこの人は本気でやる。私のせいで皆が傷つくのはダメだ。黙った私を見てまた彼女に笑顔が戻る。


「好きだよなまえちゃん! ちゅうの次はきもちーことしよっか!」


大丈夫だ、大丈夫。きっとこの状況から抜け出せる方法があるはずだ。


「逃げられないよ。なまえちゃん」


私の考えを否定するようにトガヒミコが耳元で囁いた。彼女はかわいそうななまえちゃんと言いながら嬉しそうに笑う。玩具を与えられた子どもみたいにはしゃいで、満面の笑みを私に向けた。


「このままずーっと一緒にいようねっ。ずっと、ずっとだよ」


もう、何も聞こえない。



星も欠ければ毒になる



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