制服から運動着になった出久くんはいつもは海沿いで走っているという。走りづらい中で私も走る出久くんの後ろを裸足でついていった。ローファーと靴下はスタート地点で投げたから全く問題はない。出久くんは放り投げられたローファーらにぎょっとしていたけど。何分か走り続け、少し歩いてからスタート地点まで戻ったところでようやく出久くんは止まった。私も途中からペースは落ちたものの出久くんと走りきることができて満足だ。汗ダラダラだけど前世と違って運動得意なんだな私。前世だったら五十メートルくらいでバテてたはずだ。


「はっ……はっ……」
「ふぅ……出久くんお疲れ様でした。お水どうぞ」
「あっ……ありがとうなまえ、さん……」
「……ちなみに私の飲みかけだったりします」
「ぶふっごほごほ……っ!!」
「冗談です人のペットボトルに口つけたりしません」


赤くなったまま咳き込んだ出久くんにごめんねと謝り自分も持っていた水をごくごく飲む。疲れたなと思っていると出久くんからの視線を感じて「どうかしました?」と声をかけた。すると何度か口の開閉を繰り返し意を決したように私の目を見て言う。


「なまえさん……親がいないって、本当なの?」


もしかしてずっと聞きたかったのかな。出久くんの真剣な表情を見つめながらこくりと頷く。


「もしかしたらいるのかもしれませんけど、どうでしょう。わからないですね」
「……お母さんが色んな人と、その……付き合ってたとか、家から出してもらえなかったりとかの話は……」
「嘘はつきません」


大好きな出久くんには絶対に! 笑顔で答えると顎に手を当てた出久くんは何かを考え込みバッと勢いよく顔を上げた。


「なまえさん、僕はやっぱり警察に行くべきだと思うよ……?」
「ええ……やです……あっ出久くんが恋人になってくれたら行きます!」
「そそそそれはっ……! っあ、ごまかそうとしてもダメだよ!?」


ばれたか。私を心配しているからこその言葉だとはわかっているけど、警察は嫌だ。だってもしこの世界での親が生きてて連れ戻されたら人生を謳歌できないじゃないか。


「僕は……なまえさんに生きてほしい……最期だなんて言わないでほしいんだ」
「……でも生きてても仕方ないですから。私はもう満足だって思った瞬間きっとどこかで一人寂しく死にますよ」


やりたいことをやり、この世界からいなくなる。そういう運命なのだと考えているから特に思うことはない。そう言った私に出久くんは口を閉ざしてしまった。……嫌われたかな。後ろで手を組みながら目線を海のほうに向ける。出久くんに嫌われたら王子様と結ばれるっていうやりたいことが破棄されることになるだろう。少し寂しいけれど他にやりたいことを見つけていけばいい。すると突然肩を掴まれてわっと声を出した。目の前には真剣な表情の出久くん。


「僕となまえさんが付き合ったとしてっ!」
「はい……?」
「恋人になってくれた君がいなくなったら、きっと僕はすごく悲しい! 死なないで、一緒にいたいって思うよ! だから僕と一緒に生きようっ」


出久くんは全て言い終えると光も驚く速さで私から距離を取った。きっと勢いだけであんなことを言ったのだろう、出久くんは顔をリンゴ色に染めて唸っている。プロポーズされたかと思った。私はなぜか熱い顔を冷ますようにパタパタと手で風を送る。そして出久くんを見て言った。


「私、死ねないじゃないですか」


出久くんと恋人になったら一緒に生きることになる……そっか。――それも、悪くないかもな。このとき、私の心にほんの少しだけ生への執着が芽生え始めたのは間違いなかった。


04.今かいつかの話



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