「おはよう……なまえちゃん何してるの?」
「っひ! ううう麗日さっ、お、おはよう!」
「あら。これは手紙かしら」
「蛙す……っゆちゃん! だめ、だめ! 見ちゃダメ!」
「これもう完全にラブレターじゃんっ!」
「わあああ芦戸さん返して……!」


麗日が教室のドアを開けるとやけに真剣に下を見続けるなまえの姿が目に入った。挨拶をしながら近づき声をかけると、大きく肩を揺らして立ち上がり見ていた何かを後ろに隠す。それを芦戸が取り上げるようにして手に入れたものを蛙吹と共に興味津々といった様子で見つめている。朝のうるさかった教室内が一瞬で静まり、その視線が全て緑谷なまえへと集まった。


「突然のお手紙すみません。緑谷なまえさん、あなたのことが好きです……やるねぇこのラブレター書いた人! サポート科だって」
「芦戸ちゃんさすがに朗読はかわいそうよ。それにしてもモテモテね、なまえちゃん」
「そ、そんなこと……」
「でもラブレターもらってるやん! なまえちゃんかわいいんだから気をつけなきゃ危ないよー。後ろからぱくって食べられちゃうかも」
「かわいくないし食べられないよ……人を食べる個性を持つ人なんて滅多にいないだろうし……」
「そうじゃないわなまえちゃん」


体を乗っ取られそうになったことならあるけれど。なまえはそう心の中で付け足して目の前の女子たちから視線を外し、すぐに後悔した。自分の前の席の男子が黙ったまま頬杖をつきこちらをじっと見ていたのだ。瞬間冷や汗が頬を伝ったのを感じて視線を下に向ける。どうしようどうしよう。頭の中はそればっかりだった。


「なまえどしたー? なんか急に顔色悪くなったけど……」
「ううん。だ、大丈夫……」
「朗読されたからだよきっと……! ごめんねなまえちゃん。返すからっ」
「ごめんなさいなまえちゃん」
「ちぇー」
「あ、うん」


朝下駄箱の奥のほうに入っていた手紙を芦戸から取り戻してくれた麗日にお礼を言った。そのとき上手く笑えていたかはわからない。静かだった教室にはいつの間にか賑やかさが戻っていた。好きだというラブレターは正直とても嬉しかった。他の科で一度も話したことがない人ではあったが、手紙の内容は体育祭での頑張りに心打たれたというものであったからだ。それから悩みに悩んで勇気を出して手紙を出すに至ったらしい。気持ちを伝えたかっただけらしく名前は書いていなかったがもっと頑張ろうと思うには十分すぎる手紙。だが今は確実に嬉しさより恐怖が勝っている。幼なじみから刺さる視線だけがなまえの心を乱していた。







「ん……ふ、ぅあ……んんっ」
「……っは」


寮の部屋に置かれたベッドのスプリングが響く。だがそれよりも耳に入るのは舌が絡みあう音と荒い息だ。なまえがぎゅっと瞑っていた目を薄く開けばぎらりとした赤い目と視線が重なる。それを合図に唇同士が離れ長い長いキスがようやく終わった。


「かっ、ちゃん……」
「あ?」
「あの、ね……今朝の……手紙、ひゃっ」


肩で息をするなまえを気遣う様子もなく、押し倒した状態でかっちゃんと呼ばれたなまえの幼なじみ――爆豪勝己はなまえの部屋着の短パンから覗く太ももを容赦なく触ってくる。爆豪の部屋に無理やり連れてこられた時点でなまえは覚悟をしたつもりだった。しかしまさか部屋に足を踏み入れて早々にベッドへ押し倒されるとは思わなかったし、あんな苦しくて気持ちのいい長いキスをされるとは予想していなかった。原因は明らかに今朝の手紙……ラブレターのことなのだろうが爆豪は聞く耳持たずの通常運転である。


「大声出すんじゃねぇ。切島今部屋いんだぞ」
「それならやめよう……!?」
「? やめるわけねーだろうが」
「なんでそんな当たり前だろって顔してるの…っ」


爆豪の手は相変わらず際どいところばかり触れてきてなまえは体を跳ねさせるしかない。……怒ってるというわけではなさそうだ。怒っていたら隣室の切島らに構わず大声でなまえに喚き散らしているだろう。怒鳴られると思って朝は顔を青くしていたから拍子抜けである。その代わり足を触られているから怒られるよりマシとはならないが。


「まさかあんな紙切れに喜んだわけじゃねーよな」
「っ……」
「テメェと付き合ってやってんのは誰だ、あぁ?」
「か、かっちゃん……かっちゃん、です」
「だったらあの手紙はもういらねえだろ。捨てとけや」
「えっ。の、残しておくくらいは……」
「………」
「んんっ、捨てます捨てますだからやめっひあ!」


内腿を撫でられやめてと伸ばした両手は爆豪の片手によってあっけなくシーツへ沈んだ。前言撤回。怒ってないわけではないようだ。冷静な部分がかろうじて残っているだけで多分次言い訳したら確実に怒鳴られる。今の爆豪に「嫉妬してくれたんだね嬉しい」なんて言おうものなら爆破地獄が待っているだろう。考えただけで恐ろしい。


「こっち見ろや、なまえ」
「かっちゃん……」


爆豪の口から好きだという言葉を聞いたのは付き合えと言われたときの一度だけだ。不器用で愛情表現が下手くそな幼なじみだが愛されてるなと感じられるのはこうして二人きりになったときの彼の目だ。目を細めてなまえのことを見つめる目。このまま見ていたいが機嫌を損ねるわけにはいかない。目を閉じれば再度キスをされて、なまえの心は幸せで満たされた。

結局手紙は捨てられず、爆豪に気づかれ木っ端微塵となった話は余談になるだろうか。


きみの宇宙で息をする



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