失礼な話、死柄木に性欲なんてないと思っていた。付き合ってからもキス止まりで、好きという発言はもちろんない。彼のほうからすり寄ってくれる回数が増えたくらいで特に何も変わらない日々。だからなまえは天井と死柄木が見えるこの状況が夢か何かだと思いたかったのかもしれない。いわゆる現実逃避である。


「っひゃ」


だがなまえの現実逃避は死柄木に首元をするりと撫でられたことで呆気なく終了する。口をぱくぱくとさせながら真っ赤であろう顔を死柄木に向けた。彼は悪びれる様子もなく近かった顔を更に近づけ、突拍子もなく唇を舐めてくる。どんな反応をしたらいいのかがわからずなまえはとにかく慌てた。恥ずかしさで死にそうだ。それを言ったところで死ぬわけないだろと返されるのが目に見えているため口には出さないけれど。


「ん、ちょっと弔くっ」
「なんだ」
「なんだじゃ、なくて……その……どうして、いきなり……こんな、ぁ」


口から漏れる声は全て震えているし、緊張で上手く体が動かない。なまえが一人目を回しながら耐えていると突然ぴたりと死柄木の手が止まった。不思議に思い見上げればどこか呆れた彼の目とかち合う。


「なに……?」
「いや。おまえって本当、俺がすること甘んじて受け入れるよな。本気で嫌がれば俺だってやめる」
「突拍子もないことしてくるのは今に始まったことじゃないし……」
「生意気かよ……腹立つ」


ばふっと勢いよく隣に転がった死柄木を見つめ、自分の緊張がなくなっていることに今更気づいた。あのまま続けられていたらどうなっていたんだろう、という考えで鼓動がうるさい。気怠そうにベッドに横になる死柄木の袖をつまみこちらを向かせた。もしも勘違いしているならば正さねばならないから。


「さっき、びっくりしただけで……別に嫌じゃなかったからね」
「………」


しかし本音を伝えた後に返ってきたのは過去一大きなため息だった。片手で自分の髪をかき乱した死柄木に腕を引かれ、抱きしめられて感じるのは彼の体温と心音だ。


「ふふ……久しぶりの弔くんだ」
「へえ」
「もしかして照れてるの?」
「……はあ?」
「わー痛い、痛いよ弔くん! 力緩めてー!」


死穢八斎會で怖い思いもしたし、話せるようになった者と何度か会話をしたりもした。だけどやっぱり自分の居場所は他でもない彼の隣であることを実感し、なまえは笑いながら死柄木に抱きつく。


「弔くん。これからもずっと一緒にいようねっ」


迷惑そうな表情をするくせに密着した体を離さないところが愛しい。なまえは今日、たしかに敵連合に帰ってきた。







騒ぎすぎた結果、再度疲れて眠ってしまったなまえを残し階段を下る。思い出すのは先ほど手を出そうとしてしまったときのことだ。元からあまりなかった理性が勝ちなんとか抑えることができたけれど、正直危なかった。


「俺、やり方しんねえしな」


呟かれた言葉が反響し死柄木は小さく舌打ちする。まあ、知識があってもきっとなまえの緊張に気づいてやめていただろうが。今日のところは、なまえが自分になら手を出されてもいいと思っていることがわかっただけで良しとしよう。

――彼女が大切なのだ。どうしようもなく。



インターン編 12



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