「おいトカゲ、フラついてんぞ。俺酔いやすいんだ」
「トカゲはダメだ! スピナーだっ! ゲームで鍛えた俺のドライビングに文句でも!?」
「何キレてんだうぜえ」


盗んだトラックの上に乗り、下から聞こえる会話に入る余裕すら今の死柄木にはなかった。八斎會から最寄りの敵病院へ向かうのに一番近い高速。それをトガから電話で伝えられたのはコンプレスだ。すぐ後ろを走る警察車両に確実に乗っているだろう男の顔を思い浮かべ、つい笑みを零してしまった。


「なぁにが、『次の支配者になる』だ」


途中ヒーローの邪魔が入ったが、拘束された男が車から投げ出されたのを見てゆっくりと近づく。男――治崎は死柄木たちの顔を確認すると、一切感情のこもっていない瞳を向けた。


「殺しに来たのか」


だが死柄木はすぐにそれを否定する。ずっとこのときを待っていた。治崎が敗れ、手を下せるこのときを。


「さて問題。なんで俺がおまえに協力したと思う?」
「………」
「だんまりか? 正解は……目的があったからだよ」
「……目的?」


死柄木は今まで冷静だったわけではない。落ち着いている『ふり』をしていただけだ。怒りを鎮めなければどうにかなってしまいそうだったから。そうだ、死柄木は怒っていた。


「おまえには俺がされて一番嫌なことをされたから……俺もおまえが一番嫌がることをしようっていう、目的」
「……なまえの、ことか」
「気安く呼ぶな」


靴裏で肩を踏まれ治崎はぐっと眉根を寄せる。なまえを失うかと思ったあの日の胸の痛みに比べたら、まだ足りないくらいだ。死柄木は治崎から足を退けると、傍らに落ちていた二つの箱を拾い上げた。中には銃弾が入っていて、どちらかが完成品であることは間違いないだろう。


「俺はおまえが嫌いだ。偉そうだからな」


直後、バツンという音と共に左腕に激痛が襲った。「俺も」と不敵に笑うコンプレスの手には小さなビー玉のようなものが握られていて、彼の"個性"で左腕が無くなってしまったことを悟る。


「"個性"消してやろうって人間がさ、"個性"に頼ってちゃいけねえよな?」
「――っ」


右腕に死柄木の五指が触れ、崩壊が彼の体を蝕む。崩壊が進む前に二の腕から下をナイフで切り落とした死柄木は、再度治崎を踏み歯を見せながら笑う。


「これでおまえも無力非力の"無個性"マンだ、おめでとう!」


"個性"を嫌う男の"個性"と生きがいを奪えたことに、死柄木は子どものように無邪気に喜んだ。治崎が費やしてきた努力を、自分のものにしてやった。その事実が嬉しくて、愉快でたまらないのだ。


「これからは咥える指もなく、ただただ眺めて生きていけ! 頑張ろうな!」


刹那に治崎の頭を過ったのは、先日なまえの頬に自ら触れた日のことだった。"個性"を持つ者が溢れかえるこの世界で、"無個性"は貴重だ。潔癖症故に人に触ると蕁麻疹を起こしてしまう治崎は、"無個性"のなまえならば大丈夫かもしれないと思った。ある種の希望だったのかもしれない。汚い世界の中で自分にとってのきれいなものを無意識に求めていたのかもしれない。しかしなまえに触れ、じわじわと腕に広がるものを見てため息をついてしまう。"個性"を持つ病人共と一緒にいるなまえに良い感情を持っていない治崎の希望は、呆気なく砕かれた。出会い方が違っていたらあるいは、なんて自分らしくもないことを考えてしまう。両腕から感じる痛みが自身の計画の終わりを叫んでいるようで、治崎の口から赤子のような母音が漏れた。


「次は俺たちだ」


死柄木は追手が来ると焦るスピナーが運転する車へと乗り、その場から逃げ出す。やっと殺すよりも辛いことをしてやれた満足感にほくそ笑んだ。


「――これで、やっと」
「? どうしたよ」
「いや」


それよりも嬉しいのはようやくなまえと再会できることなのだが、もちろん口に出すつもりはない。訝しげに首を傾げてくるコンプレスを横目に、死柄木は銃弾の入った箱を見つめ続けた。


インターン編 10



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