「少しは働け、出向組」
「はーい」
「任せとけ、オーバーホール」


クロノに抱えられた壊理の不安気に揺れる瞳に今すぐにでも頭を撫でてあげたかった。手を伸ばせば届く距離にいるのに触れられない。早朝からヒーローや警察が来たと言ったのは果たして誰だったか。治崎とクロノに挟まれながら地下を歩くなまえは戦いに行ったであろう二人と後ろにいる壊理を心配する。きっとヒーローたちから逃げようと出口までを最短距離で歩いているのだ。今捕まるわけにはいかないと呟く治崎にパーカーをぎゅうと握りしめる、そのときだった。


「すいませんね……やっぱ、少し話聞かせてもらっていいですか?」


自分たちではない声に全員が振り向いた。息を切らしながら立っていたのはヒーロースーツを身にまとった金髪の少年だ。敵連合に入る前や情報収集時にも見たことがなかったため、新人ヒーローだろうかと首を傾げる。じっと見つめていれば少年――ミリオと目が合い、彼の瞳が零れてしまいそうなほど大きく見開かれた。


「なまえちゃん! どうして君がここに……っ!」
「えっ」


どうやら自分を知っているらしい口振りと悲痛な表情になまえの肩が揺れた。知り合いか、と尋ねてくる治崎に勢いよく頭を振って否定すればミリオの顔がくしゃりと歪む。相変わらず興味がなさそうに視線を一度だけこちらに寄越しただけの治崎がミリオを見つめた。


「すぐ来れるような道じゃなかったはずだが」
「近道したんで……その子を保護しに来たのと、今しがたなまえちゃんの保護も追加になりましたね」


頼んでなんていない。そもそも一体誰なんだ。もやもやしていれば治崎の「事情がわかったらヒーロー面か、学生さん」という発言が聞こえ顔を向ける。どうやら治崎とミリオは一度会ったことがあるらしいが、学生とは? 聞けば雄英の生徒だと言い、以前壊理が逃げ出したときに会っていたらしい。雄英の生徒がなぜここに、と疑問に思ったが考えても仕方がないだろう。自分を保護しようと告げるミリオを見ていると、爆豪や彼のクラスメイトたちを思い出してしまい唇を噛みしめる。みんな自分勝手すぎるのだ。助けなんて求めていないのに、ヒーロー側に戻ることがなまえの幸せだと決めつけて。


「私から弔くんを引き離すヒーローなんて、嫌い」


かつて同じ言葉を発したときとは違い、冷静な自分が少し怖いくらいだった。ある程度の距離を保っていたのか、いつの間にか現れた音本と酒木がミリオの相手を始める。治崎は自分の駒たちが戦うところを眺めることもなく背を向けた。だが治崎たちは慢心していたのかもしれない。


「パワー!」


ひよっこである学生ヒーローなんかに自分たちは止められないと。壊理を助けられるはずがないと。その慢心と油断が、隙を突かれる原因となった。


「スマーッシュっ!!」


この数か月、ミリオは自身の"個性"だけでなく受け継いだ『ワン・フォー・オール』も伸ばす特訓をたくさんしてきた。


「俺が君のヒーローになる」


――だから負けるはずがなかった。

壊理をクロノから取り戻し腕に抱えたミリオは自分の攻撃によって倒れた治崎やクロノたちを見下ろす。そこでなまえの姿がないことに気づき、慌てて辺りを見渡した。腕の中で小さくなる壊理が「なまえさん」と蚊の鳴くような声で名前を呼ぶ。


「もう大丈夫だよ、エリちゃん。だって俺が来たから、なんて」
「あなたは……」
「ルミリオン。ミリオンを救う、ルミリオンさ」
「っ……ぁ、あぁ……」
「え、エリちゃん? っわ、エリちゃん!?」


突然大粒の涙を流す壊理に戸惑うしかないミリオはよしよしと背中を優しく叩いてあげた。助けてもらえて嬉しいから泣いているわけではないことくらいミリオでもわかる。過呼吸になりそうなほど泣いている壊理をあやしながら治崎たちを拘束しなまえを探さねばと焦った。しかし壊理の頭から生えている角が淡く光ったことでミリオの思考は全てそちらへ集中する。壊理の力が、暴走した。







「いたっ」


軽く臀部を地面にぶつけてしまったなまえは唸りながら涙目で顔を上げた。そこにいたのは申し訳なさそうに謝るコンプレスと笑顔で手を振るトガ、大丈夫かと心配してくるトゥワイスだ。コンプレスをトゥワイスの"個性"で増やして、さらにコンプレスが圧縮でなまえを助けに来てくれたのだろう。しばらくぶりの地上に思わず空を見上げてしまった。


「"個性"解除するタイミングでトガちゃんが持つからぁ」
「ビー玉みたいなのに入ってるなまえちゃんもかぁいかったよ」
「あはは……助けてくれてありがとう」


死穢八斎會は終わりだ。きっとヒーローの勝利で幕が下りる。ミリオの存在や壊理の今後が気になるのは山々だが、深追いしすぎては危険になるのはこちらだ。今が引き時なのかもしれない。


「核の子ども手に入れられないのは残念でしたけど、まあなまえちゃんも無事戻ってきましたしね」
「でもせめて完成品はほしいよなぁ……よーしコピーのMr.頼んだ! リスクを負ってきてくれ!」
「ですね。私たち本物ですし」
「うっわ血も涙もない奴ら。なまえちゃんの爪の垢を煎じて飲んだらいいのに」


もーと文句を言いながらも事務所の中へと戻っていくコンプレスに、再度お礼といってらっしゃいを伝える。トガは身を潜める場所をコンプレスに告げるとなまえの腕を引っ張った。コンプレスに言った場所まで移動するのだろう。ずっとここにいては見つかるかもしれないから。


「ゴクドーたちが警察に連れて行かれても圧紘くんが戻ってこなかったら失敗ってことで、弔くんたちに連絡しましょう」
「連絡?」
「きっとオーバーホールくんが乗っている車に完成品はあるはずですし……なかったとしても」


くるりと振り向いたトガが握っているのと反対の手でなまえの頬を撫でた。トガの表情を見たなまえは背中がぞわりとするのを感じる。彼女は怒っていたのだ。


「アイサツ、しておきたいと思うんです」


ね? と口角を上げているトガの目はちっとも笑っていなかった。この場にいない治崎への怒りの理由。無理やり仲間にさせられていたから、ずっと地下に閉じ込められていたから、いくつも理由は考えられるがもしかしてという可能性が頭を過る。


「ヒミコちゃん……私のために、怒ってくれてるの?」


そこで当然だとでも言いたげな視線をもらったものだからなまえは口元が緩むのを抑えられなかった。頬を染めて俯くなまえに「なまえちゃんが思ってる以上に、私はなまえちゃんのこと好きですよ」と抱きしめられる。誰かに愛されるのはやはりこそばゆい。なまえは照れ隠しに早く行こうとトガの袖を掴んだ。


「なまえちゃんに寝取られた……」


トゥワイスの突っ込みどころしかない言葉にも返す余裕はなく、ひとまず隠れるために足を動かすのだった。



インターン編 09



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