通形ミリオは、この世界ではない世界線を知っている。

ミリオが平行世界と呼ぶものを理解し始めたのは、三年生になって違和感を感じてからだ。何かが足りない、何かがおかしい。その違和感の正体を知ったのは一年A組へインターンについての説明をしにいったときだろう。教室をぐるりと見渡して、ミリオは納得したように手のひらへポンと拳を置いた。そんなミリオに隣にいた天喰やねじれ、A組の生徒たちから不信の目が向けられる。しかし気にすることなく笑顔を返したミリオは一人なるほどと頷いた。


「オールマイト、俺に譲渡した"個性"の話。本来緑谷なまえちゃんが九代目継承者だったんじゃないですか?」


この質問をしたときのオールマイトの表情は瞼の裏に焼きついている。驚愕、苦悶、悲哀、後悔。どうしてそれを、と掠れたオールマイトの声に苦笑し、ようやく自分が代わりだったことに納得し――受け入れた。

隠し事はするが嘘はつかないオールマイトがミリオをワン・フォー・オール継承者に選んだのは、ミリオが三年に上がる少し前のことだ。以前から根津に後継者候補として推されていたらしいミリオ。最初に聞いたときオールマイトの秘密や"個性"についてで頭がショートしかけたのは記憶に新しい。後継としての特訓や新しい"個性"の使い方などやるべきことが増えたまま三年生となり、ミリオはそこから一人の少女を知る。


「なあ環。学校にさ、派手な"個性"使うかわいい女の子いなかった?」
「え、ええ? 派手、かわい……え?」
「知らない?」
「……うん。というか、自分の学年すら顔と名前が一致していない人がいるっていうのに、学校って言われても……ミリオのかわいいの基準も知らないし」
「いや俺だってさすがにヒーロー科以外の同学年の顔と名前は一致してないよね」


録画しておいた体育祭の映像を見ながら天喰に尋ねた言葉は、近頃ふとしたときに頭の中で再生される光景から発されたものだ。最初は静止画のように顔だけが頭を過るだけだった少女はいつの間にか自分の中で大きな存在となっていた。今では映像のように動き、話し、必死に戦っている少女をよく見るようになっている。ワン・フォー・オールを使いこなすための特訓をすればするほど姿は鮮明に、内容も濃いものになった。そこで気づいたのだ。

なぜ少女は、ワン・フォー・オールの"個性"を使っている。


――もし先輩が後継者だったなら


まただ、頭の中で少女が話している。違う、今回は自分に話しているのか? 経緯はわからないがなぜかミリオと少女は病院にいて、何か話をしているらしい。誰か別の者たちと話す光景はよく見ていたが、このように自分と話しているところを見るのははじめてで戸惑ってしまう。


――もし、私が"個性"を……先輩に渡せるって言ったらっ


ずっとこの光景の意味も、少女の名前も知らなかった。しかし現在見ている光景で全ての謎が解けたように安堵が胸にじわりと広がっていく。


――いらないです!


ところどころ聞こえない言葉はあるが、二人の会話は続いていく。光景の中の自分は何かをしゃべったあと、彼女のヒーロー名らしきものを口にして歯を見せて笑った。


――緑谷さん、下の名前なんて言うんだっけ

――名前、ですか? なまえです……けど

――じゃあこれからはなまえちゃんって呼ばせて! お互い頑張ろう、笑っていようぜ!


この光景はあったかもしれない世界のものだ。自分で調べられる範囲内でなまえについて調べてみれば実際に存在する人物であることがわかった。未成年ということで名前の公表こそされていないが、どうやらヘドロ事件でとある少年を助けようと動いたあと行方不明となった少女がなまえらしい。そしてA組へ足を踏み入れなまえの姿がないことで、ミリオは自身の考えが間違っていないものだと勝手に思い込むことにした。今自分が生きている世界が本物なのか、よく見るなまえが雄英生である世界が本物なのか。わからないがオールマイトの反応を見るに、きっと後者なのだろうと思う。


「俺は、ヒーローになるはずだったなまえちゃんを知ってる」


そう、知っているだけだ。根拠もないし証明だってできない。だけど知っている。


「なまえちゃんを取り戻すのに、根拠も証明もいらない」


どちらの世界が本物かなんてミリオにとってどうでもいいことだ。なまえが敵連合にいると聞いた瞬間から、ミリオの心は決まっている。絶対に助けよう。光景でしか見たことがないくせにと言われたって良い。なまえには闇ではなく、光がお似合いだ。ミリオは迷わない、考えを曲げない。


「笑うべき場所は敵連合そこじゃない、こっちだ。なまえちゃん」


もっと強く、もっと高みへと。ヒーローになるために――なまえを助けて、自分たちと笑う姿を見るために。なまえの気持ちなど必死さで考えることはできなかった。







「プリユア……? エリちゃん新しいおもちゃもらったんだね」
「うん……」
「あれ、あまり好きじゃない?」
「なまえさんと遊べるもののほうが、嬉しいから」
「! そっか」


少しずつ、別れと再会も近づいていく。



インターン編 08



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