「もーなまえちゃん心配したんだからねぇ!」
「むぐ」


勢いよく抱きしめられトガのカーディガンに顔が埋もれた。壊理と夕飯を一緒に食べ、ベッドの上ですやすや眠る彼女を確認してから居住スペースに戻ればトガに抱きつかれたのである。突然のことすぎて固まるのは仕方ない。


「ヒミコちゃん苦しいー」
「大丈夫? 何もされてないですか?」
「あはは、大丈夫。心配してくれてありがとうね」


唸りながらぎゅうぎゅう抱きしめてくるトガの背中を軽く叩いてなんとか離れてもらえた。眉を八の字にしているところを見るに心から心配してくれたのだろう。それが嬉しくてにこにこと笑みを浮かべていればむっとしたトガにまた抱きしめられてしまった。苦しい。


「なまえちゃん」


ずっと口を閉ざしていたトゥワイスの呼びかけになまえは小さく首を傾げる。思いつめたように俯いているトゥワイスは拳を握りしめていた。トガの腕の中から抜け出してトゥワイスへと近づく。握りしめすぎて痛いであろう右手に両手を添えると「ごめん……」と蚊の鳴くような声が聞こえた。


「どうして謝るの?」
「俺があんな野郎を連れてこなければ、なまえちゃんが怖い思いをしなくてすんだし……コンプレスだって……いや違う、今はそんなことが言いたいんじゃなくて」
「うん?」


伝えたいことがまとまっていないのがわかったなまえは急かすわけでもなくトゥワイスの手の甲を優しく撫でる。しばらくそうしていると手の力が抜け、なまえはほっと息を吐いた。


「……俺、なまえちゃんが木偶の坊だなんて思ったことねえ……」
「えっ?」


左手で顔を覆ったトゥワイスが呟いた言葉の意味を理解するのに時間を要した。なまえがぽかんとしていればつんつんと肩を突かれゆっくりと振り向く。なまえの横で頷いているトガと目が合い自然と口角が上がった。


「なまえちゃんを役に立たないと思ってる人なんていませんよ。そう思ってるのはなまえちゃんだけです」
「そう、なのかなぁ」
「俺あんな間違い二度と起こさないようにするから……許してくれなまえちゃん……許すんじゃねえぞっ」
「オーバーホールさんを連れてきたこと、最初から怒ってなんかないよ」


先ほどから話題があっちこっちのトゥワイスに苦笑しながらトガがしてくれたようにぎゅっと抱きしめる。驚いたのかびくりと体を跳ねさせたトゥワイスの頭を背伸びして撫でてやった。


「二人がそう言ってくれるなら、私も自分を役に立たない木偶の坊だって認めるのやめてみる。だからトゥワイスさんも自分ばかりを責めるの、やめにしてね。大丈夫だよトゥワイスさん」
「……うん」
「えっと、もしかして泣いてる……?」
「なまえちゃんが仁くん泣かしたー」
「わ、本当に泣いてるの!?」


今度はなまえが謝る番になり、冷やかすトガとしくしくと泣き続けるトゥワイスで賑やかになる。せっかく認めて受け入れていたのにな、なんて笑いそうになった。仲間に恵まれすぎていると内心感動と有難さでいっぱいになりながらなまえはトゥワイスを慰める。

なまえは敵連合に来てよかったと改めてそう思った。きっとこれから何度も同じことを思うことになるだろう、とも。







「なまえじゃん」
「あ、窃野さん」


相変わらず独特なペストマスクを見つけなまえは窃野の元に小走りで向かう。ようやく朝から寝るまでの時間を壊理と共に過ごすことに慣れてきたところだ。それを話せばそっかと頷く窃野の顔には笑みが浮かべられている。今のところ死穢八斎會の中でこうして話せるのは壊理と窃野だけだ。まあ、他の構成員たちは怖いので正直今後も話したくはないが。


「何かしてたんですか?」
「刀研ぎに行くんだよ。一緒に行くか?」
「あ、えと……遠慮します」
「あっそ。なまえは例のお守り?」


断られることなど想定していたのだろう。気にした様子もなく尋ねてくる窃野に頷けば頑張れよなんて応援までもらってしまった。頑張ってしていることでもないが、素直に応援を受け取りなまえは拳を胸の前で握る。頑張りますという意思表示が伝わったらしい。窃野は満足そうにその場を立ち去った。小さく手を振ることで彼を見送り、なまえは歩みを進め壊理の部屋の前へと到着する。そこでなまえは部屋のドアが少し開いていることに気づいた。


「? 壊理ちゃん、いるのかな……」


壊理が心配になりノックを忘れてドアノブへと手を伸ばす。だがなまえがドアノブを掴むよりキィ、と音を立ててドアが開くほうが先だった。


「……ああ。お前か」
「お、オーバーホールさん」


なぜ彼がここに、と思考しながらも部屋の奥で壊理のすすり泣く声がしてなんとなく理由を察した。彼らは"個性"を消す銃弾のためにあの子どもの血や細胞を使っている。そんな彼女が泣いているということはつまりそういうことだ。考えたくもないがクロノではなく彼が部屋から出てきたのはおそらく壊理の体が限界に近くて、"個性"を――。


「風呂の前に、確かめたいことがあるんだ」
「え」


なまえは自分の顔に影が差すのに気がついて、目を見開く。手袋を外した治崎の右手がゆっくりと近づいてきていたのだ。その瞬間、なまえは彼と初めて会ったとき『殺された』ことを思い出す。ひゅっと息を呑み体温が一気に下がっていく錯覚に陥った。頬に彼の指先が触れたとき恐怖から体が震えだす。しかしいつになってもあのときのような激痛は訪れず、数秒後何事もなかったかのように頬から手が離された。


「あ……の?」


治崎は右手をじっと見つめたかと思えば大きなため息をつく。そして背を向けて小さくなっていく治崎になまえは腰を抜かした。後ろから聞こえる壊理の泣き声を耳にしながら、なまえは一粒だけ涙を零した。



インターン編 07



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