あのあとおじ様の"個性"が解けるまで、つまり一定時間が過ぎて動けるようになるまで傍にいてくれた出久くんとたくさんお話した。私の話と言っても中卒で今は学校に行ってないことくらいしか話してないけど。それから敬語もいらないよって。あとは名前。渡我という苗字では慣れていないため呼ばれてもすぐには反応できない。それに苗字まで教えると名前で呼んでもらえなくなることを考えてなまえとだけ名乗った。出久くんには名前で呼んでほしい。雄英高校ヒーロー科の一年生である緑谷出久くんは約一週間後に迫る体育祭に向けて猛特訓中ということを教えてくれた。しかも雄英高校の体育祭はかつてのオリンピックと言われているらしくてびっくりした。雄英高校や体育祭について知らないことを言ったら出久くんは私より驚いていたけど。誰でも知ってるくらいのことだったようだ。すごーい! と拍手をしたところで自分の体が自由に動くことに気づいてよいしょと立ち上がる。一緒になって座ってくれていた出久くんも私に続いて腰を上げた。


「あの、なまえさん……本当に警察行かなくていいの?」
「警察に関わるとおそらく面倒ですし。自由に生きるって決めたんですっ」
「?」
「それじゃあ出久くん! 助けてくれてありがとうございました! また会いましょう!」
「ま、待って!?」


お金を拾ってから出久くんに手を振りタタッと走ってその場を後にする……つもりだったのに、出久くんに腕を掴まれたことで足が止まってしまった。


「お、女の子一人で夜道は危ないよ……! さっきみたいな人がもういないとは限らないしっ!」
「平気です。知らないおじ様を信用してはいけないことはさっき学んだので。これからは出久くんだけを信じて生きていきます」
「? とっ……とにかく、一人はダメだよ……! もしかして家出、とか?」
「……出久くん。私親もいなければ家もないんですよ。入る家すらないので家出も何もないです」


私死んだらこの世界にいた人間だから、とはさすがに言わなかった。首を突っ込みすぎたとでも言いたげに目を見開いた出久くんが「っごめん!」と謝罪をしてくるけど、私はこの人生を謳歌するつもりだから気にしないでほしい。多分この世界の私もすぐ死ぬだろうけど! これでも中卒だから一人じゃ生きていけないことくらいわかる。だからこそ生に執着はない私は前世でできなかったことやってるわけだし。


「最期にいい人生だったって思えるように楽しいことばかりやってるんです。やりたいことも増えましたよ、出久くんと恋人になりたい」
「え!?」


前世では異性の好きな人どころか同性の好きな人もいたことなかった。でも友達止まりは嫌だし、恋人同士って憧れだったんだぁ。


「私の母親だった人は色んな男の人と付き合ってましたけど、私は出久くん一筋になります! だって出久くんは王子様だから!」
「なっ、なに? ええ?」
「学校以外で外出なんてさせてもらえなかったからデートいっぱいしたいです。助けてくれた出久くんが好きになったので、出久くんも私を好きになってください」


出久くんに私を好きになってもらってから告白しようと思っていたけど言っちゃったほうが意識してもらえるよね! 顔を近づけてにぱっと笑うと出久くんはこれでもかと顔を真っ赤に染めた。明るいところで見たかったなあ、出久くんの恥ずかしがってるかわいい顔。


「出久くんが心配してくれるなら今日はホテルに泊まります。安いところありますか?」
「……案内、します」
「わぁい出久くん大好きー」
「うぅうう」


私の腕から手を離し腕全体で顔を隠してしまった出久くん。かわいい出久くん。やりたいことその二は王子様と結ばれることに決定した。

出久くんに紹介してもらった安めのホテルに泊まって次の日。探し回ったネットカフェで雄英高校について調べた。校訓Plus Ultra!!――更に向こうへ。プロヒーローを数多く輩出している名門校。ヒーロー科入試倍率三百倍とかすご……出久くんもヒーローになりたくてこの学校で頑張ってるんだ。うんうん、よくわかった。好きな人のこと知りたくなるのは当然だよね。雄英高校の場所を調べてから銭湯へ行き体を綺麗にした。ラッキーなことにその近くでショッピングモールを見つけて今着ているのと似たような制服も予備としていくつか買うことができた。かわいいワンピースとか靴とかも買いたかったけど荷物多くなっちゃうしな。またあとでにしよう。

そして夕方。雄英高校にやってきた私は正門から少し離れたところで出久くんが来るのを待っていた。学校聞いといてよかった、こうして待ち伏せができる。しばらくして出久くんは荷物を持って出てきたが眼鏡の男の子と茶髪の女の子と一緒だった。お友達かな。私にはいなかったから判断できない。気づかれないようについていってる途中で思いついた。家までついて行っちゃおうと。だって出久くんのこと知りたいもん、家の場所も知っておきたい。お友達? と別れた出久くんについていこうとしたら振り向かれて目が合った。あっバレちゃった。


「あ……なまえさん」
「……私が学校からずっと尾行してたの気づいてたんですか」
「そうなの!? さっき出久くんって声がしたから……」
「ありゃ」


自分でも気づかないうちに出久くんの名前を口にしてしまっていたらしい。気をつけなきゃ。


「昨日大丈夫だった……?」
「大丈夫でした。それより出久くんこれからお家に帰るんですよね」
「え? うん……家に荷物置いてから、ちょっと走ろうかなって」
「わあっ体育祭に向けてですね! そばにいていいですかっ?」
「そばに? い、いいけど」
「ふふふー」


家の場所を知るだけじゃなくて練習にも付き合えるなんて……! いい日だっ!


「行きましょう出久くんっ」
「わわっなまえさんっ待って……っ! 電車に乗るから道そっちじゃないよ!」


道も知らないのにぐいぐい腕を引っ張ったら逆方向に行ってしまった。出久くんともっと一緒にいればきっと好きになってもらえるはず。電車に乗っている間は出久くんをじっと見続けた。困って赤くなる出久くんはそれはそれはかわいかった。


03.ひかりおぼるる



戻る