認めよう。なまえは強がっていた。

いくら死柄木を信じているとはいえなまえは一度治崎に殺されているし、コンプレスの腕がなくなる瞬間を目の前で見てしまった。治崎が……死穢八斎會が怖くないわけがない。本当なら自分だってトガたちのように反抗的な態度を取りたいのだ。それができず言葉数が少なかったり、八斎會の誰とも極力目を合わせようとせず俯いていたりするのも、何度も言うように単純な恐怖である。死柄木が協力しろと言わなければ二度と会いたくなかった。

クロノを除いた八斎會のメンバーは未だ出ていこうとはせず、敵連合はなまえ一人だけとなってしまったこの状況になまえは内心悲鳴を上げていた。先ほどまではトガやトゥワイスが近くにいたため冷静を保てていられたが、一人きりになってしまえば話は別だ。なまえの頭の中はすでに「とにかく弔くんに会いたい」という思いで埋め尽くされていた。


「まあそう固くなるな……というのも無理な話だな。なまえがすべきことは伝わっているのか?」
「お守り、ということしか……」
「やれやれ……随分と端折ったな」
「す、すみません」
「なまえが謝ることではないだろう。簡潔に言えばそういうことだ」


治崎はなまえがここですべきことを一から伝えた。一人の少女――壊理の監視。実験のとき以外の時間、世話役だけでは頼りないため壊理のそばにいて見張っていてほしい。人質であるなまえに与えられたのはそれだけだった。壊理の"個性"である巻き戻しでなまえが結果的に死のうが、治崎にとってどうでもいいのだ。初めて会ったときになまえを『オーバーホール』の"個性"で修復したのは今後の利用価値を考えてのことである。次に死んだとして治崎が修復する理由はない。

そんな治崎の考えを知る由もないなまえは、お守りすることになっている一人の少女の境遇に顔を青ざめた。自分よりも幼い子どもになんてむごいことを。


「あの二人は居住スペースから出ないよう言ったが、お前は外にさえでなければどこを出歩こうが構わない。壊理と一緒にいるとき以外好きにしてくれ。だがもしもの保険だ。そうだな……窃野」
「! はい」
「なまえが出歩くときはお前が近くにいろ」
「わ……かりました」


どこか不服そうな目線を向けられたなまえは極力出歩かないようにしようと心に誓う。彼と二人きりで地下探索など気まずすぎる。窃野が嫌がっていることなんて一目瞭然だった。


「さっそくで悪いが今から頼む。壊理の元に向かってくれ」


頼んだぞ、窃野。治崎の一言になまえは一瞬考えを放棄した。どうやら自ら出歩かずとも一緒に行動することになるらしい。







自分に目もくれずすたすたと歩いていく窃野の後ろを小走りで必死についていく。嫌われること自体中学時代までの経験から慣れているが、ここまで露骨に嫌われるのは久しぶりな気がした。

治崎は窃野に案内を頼んでいた。今向かっているのはもちろん壊理の部屋である。ぐんぐんと先に行ってしまう窃野に申し訳ないと思いつつ「ま、待ってください……!」と声をかけた。不機嫌そうに眉をひそめながらも止まって振り向いてくれた窃野に追いつき息を整える。どんなに疲れてもクロノには追いつけていたから、きっとゆっくり歩いてくれたのだろう。はぐれて探すのが面倒だとかそういうことは考えないようにした。


「すみませ……、体力、あまりなくて……」
「……お前さ」
「え……?」


窃野は何か考え込むような素振りを見せ、なまえをじっと見つめる。首を傾げて続きを待つしかないなまえは大人しく姿勢を正した。表情に嫌悪が浮かんでいないところからもしかしたら大切な話なのかもしれない。


「これだけ聞きたいんだよ」
「なんでしょう……?」
「お前の生きる意味ってなんだ?」


意味。生きる意味。唐突で、しかも難しい質問になまえは言葉の意味と返答を考える。……なまえは死柄木に出会い、それからずっと彼を生きる意味にしていた。死柄木が生きていることが……そばにいてくれることがなまえの生きる意味。死柄木がいなくなれば生きていけないし、口に出したことはないけれど彼と一緒にいられなくなるくらいなら……とさえ思っている。

死柄木がいてくれる限りなまえは死ねない。治崎に一度殺され、修復されて元通りになった瞬間恐怖と同時にそんな思いが確信に変わった。彼をおいて死ぬな。誰かにそう言われた気がしたのだ。


「……俺たちと似てるよ。お前」


何度もどもったり声が小さかったりして聞きづらかっただろう。しかし窃野は文句を言わずただ黙って最後まで話を聞いてくれた。どうやらなまえの答えに不満はないようではあ、と息を吐いた窃野が「俺はゴミだったんだよ」と天井を見上げながら呟く。なまえも彼のように話を聞こうと頷きを返した。


「今もゴミだけどな。俺さあ、付き合ってた女いたんだよ。そいつに裏切られて、なんか気づいたら借金背負ってて」
「借金……」
「世の中に絶望して飛び降り自殺しようとしたらヒーローが見事にキャッチ! あのときほど世界とヒーローを憎んだことはなかった!」


――そんなにヒーローになりてぇなら、来世は"個性"が宿ると信じて……屋上からワンチャンダイブでもしたらどうだよっ

過去に爆豪に言われたことを思い出しなまえは肩を揺らす。しつこく雄英を受験すると譲らなかったなまえに言い放ったその言葉は彼女の心を傷つけるのに十分だった。例えそのあと爆豪が言うつもりなどなかったと顔をしかめていたところで、なまえを突き刺した言葉が消えるわけでもない。


「そんなときに若頭と出会った。俺みたいなゴミを拾って再利用してくれてる。俺にとっての生きる意味は間違いなく若頭だ」


ああ、確かに似ているなと。なまえはぼんやりと思った。絶望に打ちひしがれて泣いていたあのとき、もしも自分に声をかけたのが死柄木ではなかったらとか。オールマイトにヒーローになれると肯定されていたらだとか。もしもを考えないときがなかったとは断言できない。自分を見つけて必要としてくれたのが死柄木だっただけで、なまえにはきっとたくさんのもしもがあった。今更考えたって仕方ないけれど。


「ところであの、どうしていきなり……?」


嫌われている自信しかなかったなまえは不思議でたまらない。なぜ突然生きる意味を聞いたり、境遇を話したりしてくれたのだろうと。すると窃野はあのとき、と蚊の鳴くような声で話し始める。


「あのとき?」
「お前自分のこと木偶の坊とか言ってただろ」
「……ああ!」


音本に"個性"を尋ねられたときのことか、と納得して頷いた。


「敵連合ってだけで嫌いだった。でも"無個性"が……自分のこと木偶の坊とか宣うような奴がなんで生きてるんだろうっていう単純な疑問だよ。自分のことしゃべったのは、なんでだろうなぁ……俺とお前が似てたからじゃねえの」
「私は……弔くんのために生きてます」
「さっき聞いた」
「私は生まれつき"個性"のない木偶の坊。でも私、幸せですよ」
「は?」


役に立たない木偶の坊。ずっと思っていたくせに自分が木偶の坊だと言っていなかったのは、死柄木に出会う前は認めたくなかったからだ。自分だって役に立てる人間なのだと信じていたから。だけど死柄木に出会い情報収集という役割を与えられて、居場所を与えられてなまえは変わる。


「木偶の坊でいいんです。私の存在を許してくれる人が一人でもいてくれるなら、役に立たなくても生きているだけでいいと思ってくれる人が一人でもいるのなら」


木偶の坊の自分を受け入れている。受け入れて彼らと共にいるのだ。


「俺とお前は似ているけど、やっぱり違うな」
「………」
「俺は若頭のためならいつでも死ねるからさ」


もう窃野の目になまえへの嫌悪は浮かんでいなかった。突き放すような声色でもなくなっていて、なまえはそうですかと答え口をつぐんだ。

窃野がまた壊理の部屋へと歩き出した。相変わらず足は速かったがなまえとの距離があまりできないように時折後ろを確認して立ち止まってくれる。死穢八斎會に恐怖を抱いていたなまえだったが、少なくとも窃野とは今後も話ができるような気がした。


インターン編 05



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