不貞腐れたトガと、親指を立て下に向けるトゥワイス。そして指を絡めながらそわそわと落ち着きがない様子で俯くなまえ。彼らは死穢八斎會事務所、邸宅の地下にある一室にて集まっていた。この部屋に集まっている死穢八斎會の者たちは全員ペストマスクや覆面を身につけている。


「上からの命令で仕方なく来ました、トガです」
「久しぶりだなトリ野郎。てめェ絶対許さねえぞ。よろしくお願いします」
「お、お願いします」


念のため一番遠いルートで来たというクロノの言葉通り三人はここに来るまでに一時間ほど歩かされた。おそらく同じところを二、三度は歩いたと思う。すっかり疲弊した様子のなまえに反して二人とクロノは余裕そうで、体力のなさになんだか泣きそうになってしまった。


「なまえ、前は悪かった。お前たちも俺を恨む気持ちはわかるが、協力関係となった以上計画遂行に助力してほしい」
「ごめんで済むか……! なまえちゃん怖くて泣いたんだぞこら……っ! 最初に会ったときもそうやって上っ面繕ってたなあ……! で、何したらいいの?」
「なんだこいつ……」


腕を組み明らかに引いている窃野に見向きもせずきょとんとするトゥワイスは大人しく次の言葉を待った。


「組の者同様、我々の指示に従ってくれればいい。そのためにもまずは"個性"の詳細を教えてくれ。情報交換……もしものとき連携を取りやすいようにしておきたい」
「もしものときなら、もしものときに教えます。あなたたちのことまだ好きじゃないので」


口元だけに笑みを浮かべたトガは素直に思いを伝える。黙って何度もこくこくと頷くトゥワイスも同意見だ。わざわざ嫌いな奴に自分のことを語る者もいないだろう。そんな二人の態度の悪さにキレたのはミミックだ。


「素直に答えりゃいいんだよ! テメェらヤクザナメてんじゃねーぞ!!」


トガたち三人の間に冷たい空気が流れる。突然の怒鳴り声に肩を揺らしたなまえに気づいたトガはかわいそうにねえと彼女の頭を撫でながらミミックを睨んだ。


「あーだめだ! 決めたねっ絶対教えてやんねー!」
「同じくです」


そっぽを向いた二人に治崎はちらりと後ろにいた音本を見た。何が言いたいのかをすぐに理解した音本は「"個性"は?」と尋ねる。「だから教えねえつってんだろ!」そう伝えようと口を開いた。


「あらゆるものを二つに増やす! そのために必要なのは明確なイメージ! 人で言うなら身長、胸囲や足のサイズ、多くのデータが必要だっ」
「え。トゥワイスさん……?」
「本物と唯一違うのは耐久力! モノによって異なるが一定のダメージが蓄積されると崩れ去る。同時に増やせるのは二つまで! 二つ目は耐久力がさらに下がる! そして一身上の都合により俺は俺を増やせない!!」


バァァンとポーズまで決めすべてを話したトゥワイスを冷めた目で見つめるトガは自分がバカみたいだと告げる。違うとトゥワイスの言い訳を聞いていたトガだったが、突然ぴっと自身を指差し笑顔で語り始めた。


「血を摂るとその人に変身できます。摂った血がエネルギーになるので変身時間と摂取量が比例します。コップ一杯で大体一日くらいです。一度にいろんな人の血を飲めば、それだけいろんな人になれます」


嬉々として話を進め「服も含めて変身できます。元々着てる服と重なって裸んぼにならないといけないから恥ずかしい」までしゃべり終えると口を押さえてトゥワイスを見上げる。「な?」と同意を求めるトゥワイスに素直に頷いた。次々と敵連合の仲間が"個性"の詳細を話す中で、なまえは驚きながらもこれが音本の"個性"なのかと分析する。他の者たちはどんな"個性"なのだろうと完全に油断していたなまえは気づけば俯いていた顔を上げていた。


「"個性"はないです。生まれつき"無個性"の木偶の坊です。特に語ることもありません」


全員の視線が向いていて、そこでようやく自分にも"個性"が使われたのだと理解した。治崎たちは自分が"無個性"だと知っているようだったから、なまえには使わないだろうと思っていたのだけれど。胸のどこかでぼんやり思っていた『木偶の坊』という言葉が出てきたために、音本の"個性"は本当のことをしゃべらせるものかなと予想した。実際彼の"個性"は強制的に本心を語らせるというものだ。予想はあながち間違ってはいない。


「……?」


なまえは食い入るように見つめてくるトガとトゥワイスに顔を向け首を傾げる。どうかしたのかを聞く前に音本が「死柄木から裏切りの予定を聞かされているか?」と問いかけてきた。再度"個性"を使ったようで三人は声を重ねて否定する。タイミングを逃してしまったなまえは意味もなく前髪を触った。


「オッケーだ。これから八斎會の一員として迎える。だが手配犯のお前らを自由にさせるわけにもいかない。指示のない限りはこの地下の居住スペースから出ないように頼む」
「軟禁かよ!」
「えー自由でいたいっ」
「もう少し信用できる仲になったら自由にしてやれるさ。君ら次第だ」
「いつまでもそんな態度じゃ許さねえってこった」


とてとてと近づいてきたミミックは目を見開いて大声で叫ぶ。


「わかったら言うとおりにしやがれチンピラどもが! 俺たちはヤクザだ、ナメてんじゃねーぞ!!」
「やだねぇ」
「俺たちは再び裏から社会を牛耳る! ヤクザの復権、床に伏せ動けぬ組長の宿願! それを果たす! 甘い汁すすれるんだ、感謝するんだよテメェらは!」
「ぶっ殺す」
「……クロノ。渡我と分倍河原を案内してやれ」
「へい」


ここで名前が出されなかったことに一番動揺したのはもちろんなまえだ。まさか、と嫌な予感に体を震わせるなまえを知ってか知らでか治崎は淡々と続けた。


「なまえは残ってくれ。伝えることがあるし、少し話がしたい」
「ひえ」


なまえちゃんに何吹き込む気だこの野郎! こんなところになまえちゃんを一人にさせられません。トゥワイスとトガの文句を無視した治崎はもう一度クロノの名を呼んだ。無理やりに退出させられた二人になまえだけが部屋に残されたのであった。


インターン編 04



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