「黒霧か渡我、分倍河原を八斎會に入れる。好きに動かれちゃこちらも不安だ」
「便利な奴ばかり……動きは削ぐってか。ウチの要だそいつらは。そんなにやれるか」
「信頼を築こう。こっちは計画の全貌を差し出したろう。次はそっちの番だ」


君たちは仲間が大事なんだろう。クロノがどこからともなく取り出した将棋盤の駒を弄りながら治崎は目を閉じた。しばらく治崎を見つめていた死柄木だったが数度首をガリガリと掻くと小さく頷く。了承の合図だった。


「それならトガとトゥワイスだ。黒霧はやらん。あいつは今別件で動いてる」
「わかった……ところで」
「なんだよまだあるのか」


立ち上がろうとしたところを止められ死柄木は眉をひそめる。こんなところさっさと出ていきたいのだ。まだあるのならさっさと済ませてほしい。


「先日壊理が逃げ出してな。幸い一人の学生のヒーローとぶつかっただけだったが、また逃げ出そうと思われても困る」


壊理、というのが計画の核である少女の名前だと思い出す。死柄木は口を閉ざしたまま立ち上がり「ふざけるな」と治崎に背を向けた。


「なまえをよこせと言うなら協力なんかしない」
「話が早くて助かる。なまえには壊理のお守りを頼みたいんだ。世話役がどれも使えなくて困っていてな」
「知るか。そっちでなんとかしろ」
「なまえがダメな理由はあるのか? "無個性"なんだ、黒霧のように別件で動くわけでもないだろう。本当ならお守りなんかじゃなく、生まれつき"個性"がない奴の血液や細胞を調べたいと――」


ガッ!! と大きな音が響き渡り、治崎は閉じていた目をゆっくり開く。顔に今にも届きそうな五指を眺めながらミミックに向けてやめろと言い放った。ミミックが死柄木を押さえていなければ彼は本当に治崎に触れていただろう。


「なるほど、敵連合には冗談が通じないらしい。覚えておこう」
「……今度そのつまらない冗談を言ったらどんな手段を使ってでも殺す」
「すまなかった。まあ、お前となまえの関係ははっきりしたよ」
「………」
「丁重に扱おう。"無個性"になにかできるとは思っていないし、特に拘束もしないつもりだ」


つまりトガやトゥワイスには行動の制限があるということか。だらりと腕の力を抜いた死柄木は再度背を向けて扉へと足を進める。


「居住スペースから出るときは八斎衆の誰かをつけよう。その中でも絶対なまえに危害を加えない奴をそばに置く。それでいいか?」


どうしたってなまえを死穢八斎會の元へ来させたいらしい。お守りなどと適当なことを言っているが、要するに人質だ。自分たちが死穢八斎會を裏切ったら容赦なくなまえの命を奪う。言葉の裏の意味を理解できないほど死柄木もバカではなかった。


「なまえに何かあったら殺すぞ」
「肝に銘じておこう」


それでも頷いたのは最終的な目的があったからだ。死柄木より先に扉を開けて待っていたクロノが出口までの道案内を始める。このとき死柄木が不気味な笑みを浮かべていたことなど、前を歩くクロノが気づけるはずもなかった。







「死穢八斎會と協力するって……マジで言ってるんだとしたら笑えねえよ死柄木……!」


体を震わせるトゥワイスはマスクの下で顔を歪めた。まさか本当に協力するとは。絶対に断るはずだと確信があったトゥワイスは冷静さを失っていく。


「何度も言わせるな。あっちの計画には十分な旨みがある。トゥワイス、そしてトガとなまえ。おまえらは今日からヤクザだ」
「っ、何が旨みだよ! 冷徹ぶりゃリーダーか!?」


死柄木の肩を掴んでトゥワイスは彼を責めた。未遂とはいえマグネを殺そうとした。マグネを庇おうと飛び出したなまえは実際一度殺されている。さらにコンプレスは左腕をなくした。


「あいつはっ、俺が不用意に連れてきたんだぞ……!」


一番責められるべきは治崎をあの場に連れていった自分自身だ。わかってる、そんなことわかってるさ。トゥワイスは泣きそうになりながらも死柄木に何を考えているのかを詰め寄った。だが一向に何も言わない死柄木に痺れを切らしトガとなまえに視線を移す。


「二人もよ! 何とか言えよ!!」


トガは座っていたボロボロの机の上から下りると持っているナイフを手にした。


「弔くんにとって、私たちは何でしょう?」


トガにとって敵連合という居場所は心地よくて、気持ちのいい場所だった。生きやすい世の中にしたい。でも、そのために辛くて嫌なことをするのは違うのではないか。


「ねえ弔くん。どうして、そんなことしなくちゃいけないんですか? ……弔くんにとって私たちだけじゃなく、なまえちゃんまでもがあなたの駒なんですか?」


ナイフを首元に突きつけられながらも黙って聞いていた死柄木は顔につけていた手をゆっくりと外す。そして疑心の目を向ける全員に向けて口角を上げた。


「駒なんかじゃない。俺と、おまえたちのためだ」


死柄木の笑みは敵連合の背筋をぞっとさせ、気づけばトガはナイフを下げている。死柄木は死穢八斎會が自分たちと対等になど考えていないことを告げた。トガとトゥワイスという機動力を削ぎ、なまえという人質を取ったのがその証拠だ。


「トゥワイス、責任を取らせろと言ったな。こういうやりかたもある」
「……あいつらに協力することが、責任を取ることになるってことか」
「ああ。俺はおまえたちを信じてる」
「――弔くん」


コンプレスの隣に腰かけていたなまえが死柄木の名前を呼んだ。今まで一言も発さなかったなまえの次の言葉を固唾を呑んで見守る中死柄木に近づいていく。横から垂れている髪を耳にかけながらなまえはそっと顔を上げた。


「私がいなくて泣いちゃだめだよ」


なまえが死柄木の決めたことに文句や意見など言うわけがなかった。だって死柄木が皆を信じているように、なまえも死柄木を信じている。彼のためなら協力でもなんでもやってやろう。死柄木には何か考えがあるようだから。

実際に隣は歩けないようだけれど、心で繋がっているならそれでいい。心配を微塵も感じさせない笑顔にトガやトゥワイスたちはほっと息を吐いた。


インターン編 03



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