「ちょっとなまえちゃん、座ってなさい! 食事の準備なら私がするわ!」
「ま、マグ姉……私なら大丈夫だから」
「いいから動かない!」
「は、はい!」


治崎との対面から数日が経とうとしている。あれからというもののマグネは責任を感じているらしくなまえの世話をよく焼くようになった。迷惑というわけではもちろんないけれど大げさな気もする。正直死んだとわかってしまったとはいえこうしてちゃんと生きているのであまり気にしないでほしいのが本音だ。去り際に治崎が言った通り、助けようと飛び出したのはなまえ自身なのだから。


「ごめんななまえちゃん俺のせいで怖かったよな……コンプレスの腕も俺があいつを連れてきたせいで……。俺は悪くねえ! 俺のせいだよほんと」
「トゥワイスさんももうやめて」
「っ、だけどよ!」


ぐっと唇を噛みしめたトゥワイスは拳を握りしめ俯いた。あと数日もしないうちに義爛がコンプレスの義手を手配してくれることになっている。彼も闇医者ではあるがすぐに処置をされたため自分同様無事だ。なまえがおそらく一度死んで生き返ったのも、コンプレスの腕がなくなったのも全部治崎の"個性"によるものだろう。一体どんな"個性"なのだろう、と顎に手を当てて考え込んでいるとトガのため息が聞こえた。


「まさか弔くん、あいつらの傘下に入ろうだなんて考えてませんよね」


テキパキとなまえのご飯の準備をしていたマグネも、だけどだけどと繰り返しながら手に力を入れていたトゥワイスも皆が黙り込みトガのほうへと視線を向けた。今この場に死柄木はいない。治崎に連絡を待つと言われなまえを抱きしめてからずっと何かを考えるようにだんまりを決め込んでいるのだ。そしてそんなトガの発言にぎくりとしたのはなまえである。実はなまえはつい昨日死柄木が死穢八斎會に電話をかけているところを見てしまったからだ。彼の性格上誰かの傘下に入ることはないだろうが、提携くらいはしそうだとなまえは目を逸らした。


「私絶対に嫌よ。あんな連中の傘下なんて」
「今時極道なんて流行んねえっつの! 流行しちゃってるよっ」
「マグ姉殺そうとして、なまえちゃんに手出して、圧紘くんの腕をあんなにして。ゴクドー最悪です」


死柄木はどう動くのか。果たして本当に手を組んでしまうのか。それぞれが疑心や色々な思いを抱く中で、なまえは天井を見上げた。


「弔くん……」


どんな道を歩もうとしていようと、なまえは死柄木についていくつもりだ。後ろではなく、隣を歩きながら。







「殺風景な事務所だな」


一切興味がない声で呟いた言葉はどうやら聞こえたらしい。死穢八斎會所有地の地下にはソファに腰かける治崎とミミック、そして扉付近には死柄木と彼を応接間へと案内したクロノの姿があった。死柄木は先日派手な挨拶をしにきてくれた治崎に返事をしにここへ訪れている。ごちゃついたレイアウトは好まないという治崎の言葉を適当に聞き流してどかりと向かい側のソファへ座った。地下からのルートをいくつも繋げてあるだとかこの応接間が地下の隠し部屋だとかどうでもいい。死柄木がこの応接間に来るまでに歩かされた三十分の時間は戻りやしないのだから。


「先日の電話の件、本当なんだろうね。条件次第でウチに与するというのは」


さっそく本題だと言いたげに指を立てたミミックは前のめりに死柄木に尋ねた。舌打ちをなんとか抑えた死柄木は前にあったテーブルに片足を置きながら口を開く。


「都合のいい解釈をするな。そっちは敵連合の……俺たちの名がほしい。俺たちは勢力を拡大したい。お互いニーズは合致しているわけだろ」
「……足を下ろせ、汚れる」
「下ろしてくれないかと言えよ若頭。本来頭を下げるべきはそっちのほうだ」


つい鼻で笑ってしまった死柄木は悪びれる様子もなく続ける。


「まず傘下にはならん。俺たちは俺たちの好きなように動く。五分――いわゆる提携って形なら協力してやるよ」


なまえが予想した通りになった。死柄木はそれが条件かと首を傾げる治崎に頷きを返す。直後すっと人差し指を立てながらもう一つ、と笑った。


「おまえの言っていた『計画』、その内容を聞かせろ。自然な条件だ。名を貸すメリットがあるのか検討したい。もっとも――」


胸の内ポケットにしまっていたあるものを取り出そうとしたところで死柄木の動きは止まる。否、止まらされた。本来の姿なのか筋肉質な腕で肩を掴んでいるのはミミック、頭に銃を突き付けているのは後ろで控えていたクロノだ。「自由すぎるでしょう、色々と」今にも撃ちそうな声色で押し付けられる銃に怯むことなく死柄木はとうとう舌打ちを漏らした。


「そっちが何様だ。なあ……別に断ってもいいんだぜ。マグネを殺そうとしてたな? コンプレスの腕一本くれてやったな? 譲歩しろよヤクザ」
「チンピラが! そっちはウチの構成員殺してんだろキェエエ」
「ザコヤクザの使い捨て前提の肉壁一つでごちゃごちゃうるさいんだよ」


そこで死柄木の纏う雰囲気が変わりミミックは目を見張る。顔につけている手をそのままに、指の間から覗く瞳がギラリと光った。


「おまえのとこもなまえを一度『殺した』だろうが」


部屋の温度が一、二度下がったのではないかと錯覚してしまう。睨みつけられているわけでもないのに微かに見える瞳からは確かに怒りを感じさせた。そんな空気が数秒続いた後で息を吐いた治崎はミミックとクロノに下がれと命令する。


「あのときは貴重な"無個性"を結果的に一度は殺して本当にすまなかった。本来なら先に手を出してきたほうを殺すつもりだったんだが」
「………」
「せっかく前向きに検討してくれたことだし、口をつぐむ。話の途中だったな」


死柄木はミミックに押さえられていた肩を払い今度こそあるものを取り出す。手にしたのは先日死柄木を撃とうとして外れた銃弾だ。


「こいつが関係してんだろ」


コンプレスが死柄木の持つ銃弾を撃たれてしばらく"個性"を使えなくなった。この銃弾で何をするつもりなのかを教えろ、と話を催促する。


「理を壊すんだ」


治崎の口から語られる計画の全てを死柄木は口を挟むことなく聞いた。人類の八割が患っている病気――"個性"を破壊するための銃弾。今はまだ未完成品で一日二日で回復してしまうが完成品が出来上がれば永遠に"個性"を消すこともできるという。そしてそれを売り捌き、裏社会を牛耳るための計画。説明の最後、死柄木は「ふーん」とだけ答え口元に笑みを浮かべた。


インターン編 02



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