*救済あり



拠点を転々としたり、別行動をしたりして姿をくらませる生活を送っていたある日のことだ。トゥワイスから会ってほしい男がいると連絡を受けたらしい死柄木が広い廃工場の中で深いため息をついた。死柄木の隣でかがむようにして座っていたなまえは笑いながら顔を上げる。


「弔くん、ため息つくと幸せ逃げるんだって」
「俺の幸せなんてとうの昔に全部逃げてる」
「もうまたそういうこと言う……」


むうと頬を膨らませればガキと鼻で笑われたなまえはえいと目の前の足を手のひらで叩く。叩く、といっても誰かを呼び止めるときくらいの強さで痛いはずもないのに、死柄木はじとりと見つめてきたかと思えば突然頬を引っ張ってきた。大声を上げるほどではないけれどじわじわ痛み出すくらいの強さがなんとも突っ込みづらい。ぺしりと先ほどと同じくらいの強さで手の甲を攻撃すればすんなりと手は離れた。

そこでギギ、と重たい音が廃工場に響きなまえたちは視線をそちらへ移す。どうやら扉が開いた音だったらしい。「ようよう連れてきたぜ帰ったぜ!」とテンション高めなトゥワイスの隣に佇んでいる一人の男。赤いペストマスクが特徴的である。廃工場の中に足を踏み入れまるで値踏みするかのように一人ひとりを見る男は不快そうにゲホッと咳き込んだ。


「とんだ大物連れてきたな、トゥワイス」
「大物?」


首を傾げるなまえを一瞥した死柄木は先生に写真を見せてもらったことがあると告げる。指定敵団体『死穢八斎會』の若頭、オーバーホール――治崎廻はいわゆる極道だ。敵予備軍と呼ばれ細々と生きているはずの極道を時代遅れの天然記念物と言うコンプレスは口元に笑みを浮かべていることであろう。


「天然記念物か。まあ、間違っちゃいない」


突如バチリと合った視線になまえはびくりと肩を震わせた。まさか目が合うとは思っていなかったので戸惑い逸らすこともできない。


「それで? その細々ライフの極道くんがなぜうちに? あなたもオールマイトが引退してハイになっちゃったタイプ?」
「……いや。オールマイト……ヒーローよりもオール・フォー・ワンの消失が大きい」


相変わらず視線は交わったまま治崎は続ける。日なたも日陰も支配者がいない今、誰が支配者になるのかと。すっとなまえの前へ出た死柄木は挑発だと捉え、次は俺だと決意のこもった目で治崎を睨みつける。死柄木が前に出てくれたことでようやく視線が外れたなまえはこくこくと頷きながら同意した。


「計画はあるのか?」
「計画……?」


勢力を集め拡大し、ヒーロー社会を潰す。死柄木の言葉に治崎は呆れた声を出した。勢力を増やしてどうする? どう操っていく? どういう組織図を目指している? こちらへ少しずつ近づきながら矢継ぎ早に質問を繰り返す治崎は自分には計画があると立ち止まった。


「今日は別に仲間に入れてほしくて来たんじゃない」
「トゥワイス……ちゃんと意志確認してから連れてこい」


治崎の計画には莫大な金がいるが、時代遅れである自分たちに投資する物好きがいない。だが名の膨れ上がった敵連合が入るなら話は別だ。自分の傘下に入れ。まとめればそういうことらしい。


「俺がお前たちを使ってみせよう。そして俺が次の支配者になる」
「――帰れ」


一気に不機嫌になった死柄木になまえは立ち上がって袖を掴む。しかし手を出す気はないらしい死柄木は大丈夫だとだけ呟いた。


「ごめんね極道くん。私たち、誰かの下につくために集まってるんじゃないのっ」


死柄木の発言にほっとしたのもつかの間、マグネが布を被せていた武器を治崎に向けた。しゅるりと完全に布が取れれば男性である治崎にS極が付与され、マグネの持つ武器のN極に引き寄せられていく。死柄木たちが黙って眺めているところからするに彼をここで殺すつもりのようだ。全然大丈夫じゃない……! とあわあわしていたなまえだったが、磁力により引き寄せられる治崎が左手の白手袋を取るのを視認した。今ここで手袋を外して何になる。

――考える必要などなかった。


「私たちの居場所は、私たちが決めるわ!」
「だめっ、マグ姉!」
「っ!?」


殺されそうになっている割に少しも慌てる様子がない治崎に嫌な予感しかしなかった。とにかく治崎が何かしようとしていることはわかったためなまえはマグネを守るために飛び出す。誰かを守りたい……ヒーローの気持ちを完全に捨てたと思っていたのに。そう考えた直後、なまえは頭を振る。ヒーローとか関係ない、仲間を助けたいと思うのは普通のことだ。

まさかなまえが止めに入るとは思わなかったマグネが目を見開いているのがわかる。飛び出したなまえに驚いたのはマグネだけではない。マグネに触れる直前で現れたために"個性"発動を止めるのが遅れたのである。治崎の指先がなまえの伸ばした手に触れた。


「なまえッ!!」


一瞬で弾ける体、飛び散る血液、嗅ぎなれたはずのむせ返る臭い。死柄木の名を呼ぶ声が廃工場に木霊した。







何が起こったのだろう。

なまえは座り込んだまま瞬きを繰り返し小さく息を吐いた。激痛を感じて気を失ったかと思ったら五体満足で座っている。なまえは自分の体を抱きしめるように小さくなり、なんとなく気づいてしまった。

自分は一度殺されている。殺されたのだと体が訴えている。

ばくばくと鳴る心臓を落ち着かせるために深く息を吸い込めば頭上から「すまなかった、お前を殺すつもりはない」と抑揚のない声が聞こえた。おそるおそる見上げれば何らかの攻撃をしたとは思えないくらい冷静な治崎の姿。ひっと喉を引きつらせたなまえの横から次に飛び出したのはコンプレスだった。本能がこいつはやばいと警告している。"個性"の圧縮で閉じ込めてしまおうと手を伸ばした瞬間、肩に何かが撃たれたのを感じた。不思議に思う時間もなく"個性"を使おうとたしかに治崎に触れる。


「"個性"が……!」
「っ触るな」


なぜか発動しなかった"個性"に驚愕の表情を浮かべるコンプレスの手を治崎が払いのけた。するとコンプレスの左腕だけがなまえのときのように弾け飛び、そばにいたなまえの頬に血が飛んだ。


「ぁ……コンプレスさん……!」


痛いと叫び蹲るコンプレスに何もすることができないなまえは血を流し続ける彼を見つめただ震えた。


「盾!」


小さい何かが落ちる音と治崎の大声で我に返ったなまえは、音もなく五指を伸ばす死柄木に涙を流す。一瞬だけ見えた死柄木の目は血走っていて怒り狂っているのがわかった。凄まじい速さで治崎を崩壊させようとした死柄木の指は、上からやってきたマスク姿の男の胴を掴んだ。呆気なく崩壊していく男に舌打ちをした死柄木は後ろへ飛びなまえの隣へ着地した。


「一発外しちゃいやした……しかし即効性は十分でしたね」


どこからともなく現れたのは治崎の仲間であろう者たちだった。尾行はされていなかったはずだというトゥワイスの言葉に誰かの"個性"だと悟る。なまえは涙の滲む視界で近くに落ちる銃弾を見つけた。小さい何かが落ちる音はきっとあの銃弾だろう。


「穏便に済ましたかったよ敵連合。こうなると冷静な判断を欠く。そうだな……戦力を削りあうのも不毛だし、頭を冷やして後日また会おう」
「ふ、ふざけんな! なまえちゃんに何しやがった! 殺してやる!」
「圧紘くんの腕の件も含めて、刺すね」


トガはちらりと呆然と立ち尽くすマグネを見やった。なまえがマグネを庇ってからというもののずっとあの調子だ。自分のせいで、と自己嫌悪で動けなくなっているであろうマグネを呼ぶ。ハッとしたマグネはようやく落ち込んでいる場合ではないと再度武器を構えた。だが死柄木のだめだとの声に全員の動きが止まる。


「っ、責任取らせろ!」
「だめだ」


死柄木はきっとこの状態で挑んだところで勝てないことを理解したのだ。彼らを止める言葉とは裏腹に死柄木の目は未だ怒りで染まっている。


「緑谷なまえについては向こうが飛び出してきたんだ、あまり怒るなよ。ちゃんと『治した』だろう」
「テメェ!」
「トゥワイス。やめろ」


去っていく治崎が名刺を一枚空中へ飛ばす。ちょうど死柄木の足元に落ちたそれには電話番号が記載されており、冷静になったら連絡をしろと言う。


「待てこら! 死柄木っなんで止めた!」
「仁くん。それよりも圧紘くんを医者に」


死柄木は無言のままぽろぽろ泣き続けるなまえの横に屈むと勢いよく抱き寄せた。トゥワイスの怒号が響き渡る中お互い何もしゃべらない。死柄木はなまえの鼓動を自分の耳で聞きやっとうまく酸素を取り込めたように思えた。


インターン編 01



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