オールマイトの攻撃を素手ではじいた先生は、いくつかの"個性"を組み合わせて平和の象徴を文字通り遠くへ飛ばした。「オールマイトっ!」と叫ぶ爆豪にあの程度では死なないよと先生は笑う。


「だからここは逃げろ弔。黒霧、皆を逃がすんだ」


黒霧の体を弄り"個性"を強制発動させた先生が無理やりに開いたワープを見て「さあ行け」と送り出そうとする。死柄木は呆然としながらも先生はどうするのか尋ねようとした。だがそれよりオールマイトが戻り攻撃をしかけるほうが早く、先生は相手をするべく浮遊する。


「常に考えろ、弔。君はまだまだ成長できるんだ」


固まり動かない死柄木にコンプレスは行こうと声をかける。素早く気絶している荼毘を"個性"で閉じ込めたコンプレスや敵連合の視線の先には爆豪の姿。『大切なコマ』を連れてさっさと逃げよう、という目配せは全員に伝わった。


「くそ!」


先ほどと違い呑気にお話しましょうという雰囲気でないのは一目瞭然だ。六対一という不利な状況に爆豪は爆破で避けながら舌打ちをする。なまえはヒーローが嫌いだと大声を上げてから爆豪と視線を合わせようともしない。あれだけヒーローに憧れを持っていたなまえの口からあんな言葉が飛び出すだなんて思いもしなかった。とにかく今はこの状況をどうにかしなければ。爆豪がいるせいでオールマイトは本気を出せない。トゥワイスの攻撃を避けた爆豪が地へと着地したとき、突然壁が破壊され何かが空を飛んだ。


「来い!!」


そして、爆豪の頭上でたった二文字が叫ばれる。手を伸ばす切島を支える飯田と麗日。爆豪はそんな三人に自分がすべきことをすぐさま理解した。飯田の強い推進力。切島の硬化で壁を破り、麗日の無重力によって滞空時間をできるだけ長く。なんて奴らだ、と爆豪は上がる口角を抑え切れない。ナイスタイミングだ。だって自分が直進したすぐ先に――なまえがいる。


「っ、なまえ!!」
「あ、」


まずいと思い死柄木も手を伸ばしたときには遅かった。爆豪は咄嗟に爆破を使い体を前へ進めると、戸惑うなまえに腕を回し高く飛んだ。何が起きたのかわかっていないなまえが段々遠くなっていく死柄木たちにひゅっと息を呑む。今までだってヒーロー側に連れ戻されるのではないかと思ったときは何度かあった。しかしこうしてどんどん死柄木が見えなくなっていくのは初めてで、なまえは爆豪が切島の手を掴むその瞬間に腕から逃れるために体をよじる。

このまま死柄木と会えなくなるのか? 笑いあったり体温を感じたりできなくなるのか? 嫌だ、そんなの。自分を必要とする死柄木がいなくなったら、なまえは生きていけない。死柄木が遠くなっていく恐怖になまえはやっと自分の思いに気づいた。敵連合の中でも特に死柄木に執着するのも、嫌われたくなくて縋りつくのも、ずっとそばにいたいのも。


「弔くん……っ」


いや、気づいたわけじゃない。ずっとわからなかったふりをしていただけだ。なまえが死柄木を好きだなんて自分が一番よく知っている。オールマイトでも爆豪でも、母でもない。今自分に一番必要なのは死柄木だ。いつも対応が冷たいって文句を言ってごめんなさい、もうどんなに冷たくされても何も言わないから。だから。


「私、一緒がいいよ――!」


突如体が宙に投げ出され爆豪の腕から逃れられたことになまえは安堵の息を吐く。風で涙が空を舞い目を瞑ると「マグネ!!」と死柄木が仲間の名前を呼ぶのが聞こえた。そしてぐん、と引っ張られる自分の体。なまえが目を開けたときには過去にどちらが子ども体温かで揉めたあの温かさが体を包んでいてまた涙が零れる。マグネの"個性"でなまえを死柄木の元へ引き寄せたのだ。


「……俺もなまえと一緒がいいよ」
「っ……!」


パーカーの胸元を握りしめて次々溢れるなまえの涙に、死柄木は横抱きにしながら自分の選択が間違っていなかったことを確信した。名前しか呼ばなかったというのに、マグネが爆豪よりなまえを優先させてくれて助かった。爆豪たちが悔しそうにこちらを見つめて離れていく様子に死柄木は殺気を向けておく。


「まだ間に合うっ! あんたら、くっつい――」


次に爆豪を取り返すべくスピナーとコンプレスに磁力を使おうとしたとき、マグネや近くにいたトゥワイスを含めた四人が追いついたグラントリノの攻撃により意識を失う。先生は気絶したマグネの"個性"を黒霧のように強制発動させて、一番ワープのそばにいたトガにぶつかるよう仕向けた。反発してしまうためかなまえには磁力が付加されていない。なまえを落とすわけにもいかず手が離せない死柄木はワープに呑まれる中で先生! と呼びかける他なかった。


「弔。君は戦いを続けろ」


泣き続けるなまえが死柄木の首にぎゅっとしがみつく。死柄木も抱きしめる手に力を込めることでそれに応えて、ワープによりなまえたちは姿を消した。







「いくつか部屋があった。でも数が少ないのが問題だな」
「つーことで、トガちゃんとなまえちゃんは同じ部屋な! 別室にしろっ」
「わーい、なまえちゃんと一緒ならどこでもいいですよ」


コンプレス、トゥワイスの言葉に破顔したトガはきゃーと喜んだ。潜伏先を転々とすることにした敵連合は、『個性強制発動』により連れてこられた廃墟のようなこの場所で数日を過ごすことにした。オールマイトの事実上の引退。何より死柄木にとって一番大きかったのはオール・フォー・ワンの収監だ。手の届かない場所へといなくなった先生に、死柄木は憎悪を募らせる。やはりヒーロー社会は潰すべきだとフードを目深に被りながら決意した。勢力をかき集め、もっと敵連合を拡大していかなければ。先生の次は、死柄木だ。


「おい。なまえの部屋勝手に決められてるぞ。いいのか」
「……わ、私」


荼毘に覗き込まれたなまえはびくりと肩を震わせて縮こまる。床にそこかしこに散らばるゴミ袋を見つめながら、膝を抱えて座り込んでいたなまえは俯いた。そんななまえに荼毘だけではなくマグネやスピナーたちも首を傾げる。


「なまえちゃんどうしたの? もしかしてまだマスキュラーのやった傷でも痛む?」
「包帯を取り替えたほうがいいんじゃないか」
「ううん、傷は平気で……」


なまえはとうとう眉をひそめると、死柄木と同じようにフードを目深に被り目をぎゅっと瞑ってしまった。全員がどうしたと気になる中で死柄木はトガ、と低く声をかける。


「なまえは俺と同室にする」
「……そうですか」


なまえを一瞥したトガがため息をついて納得する素振りを見せた。この状態のなまえを元に戻せるのは悔しいが死柄木しかいない。またいつもの笑顔を見せてほしくて、トガはひらひらと手を振る。


「なまえ」


死柄木は膝を折りなまえの手を取るとゆっくりと立ち上がらせる。ぎゅうぎゅうだった部屋から二人消えただけで大分広くなったように感じた。バタンと閉まったドアにトガは怒るわけでもいじけるわけでもなく、恍惚な表情を浮かべはぁと息を吐く。


「ヒーローが嫌いだって叫ぶなまえちゃん、かぁいかったねえ」


うふふと不気味に笑うトガに一番に反応したのはトゥワイスだ。二人が出て行ってしまったドアを見つめてなまえのあのときの表情を思い出す。正直トゥワイスがなまえを見てはじめに思ったのは恐怖だった。よく普段怒らない者が怒ると怖い、なんて聞くがその通りだ。気絶していた荼毘は見ていなかったため何だそれと面白くなさそうに話の続きを促す。黒霧はずっと近くにいたから見ていなくても大体のことは察していた。もうなまえがヒーローと敵の間で揺れることはないだろう。なまえは今度こそしっかり敵連合を、死柄木を取ったのだ。


「よかったですね、死柄木弔」


マグネは黒霧の言葉の意味がわかったのか「なるほどね」と頷いた。以前恋バナをしたときはなまえの幸せを願ったものだが、果たして死柄木は彼女を幸せにしてくれるのだろうか。まあ、自覚する前からお互いを大切に思っていたようだしきっと大丈夫だろう。幸せかどうかは彼らが決めることだ。なまえがこれからも笑顔でいてくれるならそれでいい。心の底からそう思った。


神野区の悪夢編:後編



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