壁の破壊により飛んでくるレンガの破片を見て、咄嗟になまえの頭に手を回した死柄木。無意識ながらもなまえを片手で抱きしめて守ることに成功した死柄木はオールマイトの姿を視界に入れた瞬間「黒霧!」と大声で叫ぶ。冷静にゲートを発動させようとした黒霧だったがシンリンカムイの先制必縛ウルシ鎖牢によってその場にいた敵連合全員が捕らえられた。"個性"樹木によって腕から伸ばされた無数の枝が彼らを逃げられないように捕縛する。抵抗しようとした荼毘をグラントリノが気絶させていたとき、死柄木は腕の中にいたなまえがいなくなっていることに気づいた。


「もう逃げられんぞ、敵連合。なぜって!?」


我々が来た! と告げるオールマイトの表情はやはり笑っている。どうやらシンリンカムイが捕縛する際になまえを死柄木から離していたらしく、爆豪のすぐ隣で枝が巻きついたなまえが座り込んでいた。


「攻勢時ほど守りが疎かになるものだ」


ピザーラ神野店と名乗り敵連合を油断させたエッジショットが、"個性"紙肢を使い体を薄くさせドアの隙間から中へと入る。鍵を開ければドアから入ってくるのは警察だった。外には手練れのヒーローと警察が包囲しているという。


「怖かったろうに……よく耐えた! ごめんな。もう大丈夫だ少年!」
「っ、怖くねえよ! ヨユーだクソ!!」


いつもの調子で返してくる爆豪にオールマイトはグッと親指を立てた。

死柄木は絶望した表情でこちらを見てくるなまえに今すぐにでもバカかと暴言を吐いてやりたくなる。何も終わっていないのに自分たちが捕まる心配なんてしてるんじゃないと。顔につけられた手の隙間からなまえと視線を合わせてやれば、わかりやすく泣きそうになるなまえにため息をつきたくなった。離れ離れになる未来なんてないのだから心配するだけ無駄なのだ。


「黒霧! 持って来れるだけ持って来い!」


こっちには脳無がいる。オールマイトたちを攻撃させてる隙になまえを奪い返す。そう考えていたのに脳無は一向に現れず死柄木は黒霧へと顔を向けた。


「すみません死柄木弔。所定の位置にあるはずの脳無がない……っ!」
「……は?」


それもそのはずだ。脳無がいたはずの格納庫は現在ベストジーニストやMt.レディたちヒーローが既に制圧を完了している。


「おいたが過ぎたな。ここで終わりだ、死柄木弔!」


オールマイトの言葉に死柄木は自分の目が細まるのがわかった。まだ終わりじゃない。こんなところで終わりになんかさせない。


「なまえを放せよヒーロー。そいつに触るな」
「とむらくん」
「……そんな目で見るなよ。大丈夫だ、最後には絶対俺のそばにいる」
「っ……うん」


なまえがいなければ感情を抑えられず今ごろオールマイトに嫌いだと叫んでいたところだ。しかしオールマイトがなまえの肩に触れたことによって死柄木の機嫌は損なわれた。先ほどまで自分だけを見ていたなまえの視線の先にオールマイトがいる。面白くない。


「黒霧――!」
「うっ」


三度目となる黒霧の名前を呼べば今度は苦しむ声が聞こえ死柄木たちは目を見開く。エッジショットの"個性"により気絶させられたらしい黒霧はピクリとも動かない。


「もう逃げ場はねえってことよ。なあ死柄木……おまえさんのボスはどこにいる?」


グラントリノの声など耳に入らなかった。やめろ、と胸の辺りに気持ち悪さを感じて死柄木は歯を食いしばる。

自分が見捨てたくせに今更ヒーローぶるな。そいつは自分のものだ、だから触るな。


「なまえくんも……あとでゆっくり話そう。君には昔酷いことを言ってしまった。今まで助けてやれなくてごめんな。もう大丈夫だ」
「あ……」


なまえの瞳が揺れたのを見て死柄木の時間は一瞬止まる。そんな奴の言葉に耳を傾けるなと言いたい。なまえは今何を考えているのだろう。もしかしたらオールマイトに会ったことで既にヒーロー側に戻ることを考えているのかもしれない。それ自体は構わないが、目の前で起きている事実が気に食わないのだ。ヒーロー社会になまえを返したくない、だけど自分たちを裏切るのは最後に自分を選べば構わないしどうでもいい。矛盾した思いが死柄木の苛立ちを募らせていく。行くな、最後には絶対に自分を選べ、違うやめろ、やめろ。


「やめて、ください」


今の声は死柄木ではなかった。なまえの絞り出したような声にオールマイトは思わずなまえの肩から手を離してしまう。


「私は、あなたに……あなたたちに話すことなんてないです」
「なまえくん……?」
「どうでもいいの。弔くんたちさえいてくれれば、もうヒーローも敵もどうでもいい……っ。私から弔くんを奪わないで」
「何を言うんだなまえくん……! 今ならまだ間に合うんだ。もう一度ヒーローを目指していたころの気持ちを思い出して――」
「そんなこと、どうでもいいって言ってるのっ!」


珍しく怒りで大声を上げるなまえにトガやトゥワイスたちも無言のまま瞬きを繰り返した。誰もが表情を驚きで染める中でなまえは続ける。


「弔くんは"無個性"の私を拾って救ってくれたの、ヒーローごっこをした私を許してくれたの……! 弔くんは私を必要としてくれる!」


過去のことが脳内を過りなまえは怒りで顔を歪めた。否定して、見放して。ヒーローになれないと言ったのはそっちのくせに、ヒーローを目指していたときのことを思い出せだなんて酷すぎる。誰も言ってくれなかった「君はヒーローになれる」という言葉をかけてくれたのは死柄木と先生だけだった。そのためなまえは敵連合についていき、ヒーローを諦めたのだ。ぴしり、と未だに心の奥底にしまい込んでいたヒーローになりたかったころの気持ちにヒビが入っていく。


「私を必要としないヒーローなんていらない! 私から弔くんを引き離すヒーローなんて――!!」


きらいだ!!

なまえのヒーローへの気持ちが完全に壊れたのと時を同じくして、死柄木はようやく矛盾していた気持ちに整理がついた。なんだ、もう答えは決まっていたんじゃないか。先生がいつしか言っていた。「今後時間があれば、なまえをどう思っているかもう少し深く考えごらん」と。先生が言いたかったのはこの気持ちなのだろう。自分のものにしたかったのも、他の奴に触られて苛立つのも、自分の元に帰ってきてほしいのも、自分がいればいいと叫ぶ姿に気持ち悪さがなくなっていくのも、全部ぜんぶ。

なまえが好きだからか。


「ああ、俺も……嫌いだ」


なまえに同意した刹那に黒い液体のようなものから現れたのは脳無だった。これは先生がしていることなのだと気づくのに時間はかからない。爆豪を始めなまえやトガたちも黒い液体によりその場から消えていく。


「んっじゃこりゃあ……!」
「う、げほっ」


一秒にも満たない時間で転送されたのは脳無の格納庫があった場所だ。なまえは口元に手を当てながら顔を上げて、目の前に見知らぬ男がいることに特に驚きはしなかった。もしかして、と思い「先生……?」と首を傾げれば「やあなまえ」とあの太くて低い声がする。この人がオール・フォー・ワン。死柄木の先生であり、自分を敵連合に引き入れてくれた人。


「また失敗したね弔」


爆豪と敵連合全員が転送され、先生は死柄木に向かって優しく語りかける。決してめげずに、またいくらでもやり直せ。そのために先生がいる。


「全ては君のためにある」


洗脳と錯覚するくらい脳に響く声は甘かった。死柄木に向けられていた体がこちらを向きなまえは思わず姿勢を正す。


「なまえ、おめでとう。君は一生弔の心に残り続ける」
「え……?」


それはどういう意味だろう。言葉の意味を尋ねようとしてなまえを襲ったのは爆風だった。短い時間で追ってきたオールマイトの拳を、先生が楽しそうに笑いながら受け止める。


「全て返してもらうぞ! オール・フォー・ワン!!」
「また僕を殺すか、オールマイト」


オールマイトとオール・フォー・ワン。とうとう決戦の火蓋が切られた。


神野区の悪夢編:中編



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