これは、テレビの音だろうか。自室ではないところから聞こえる音で目が覚めた。寝室として使っているその部屋でなまえはパチパチと瞬きを繰り返す。だがまだ眠いと二度寝をするため寝返りを打ったところで、今度はバタバタと走る足音と共に勢いよく扉がバンッと開いた。


「なまえちゃーん弔くんから起こしてくるように言われました!」


興奮気味に駆けてくるトガに体を揺すられなまえはようやく意識が完全に覚醒した。それでもまだ体を起こすには時間が必要で「ヒミコちゃん……?」と声をかける。


「寝起きのなまえちゃん……カァイイなあ……」
「お、おはようっ!」


恍惚とした表情で顔を近づけられなんだか身の危険を感じて起き上がった。時間は必要なかったらしい。不満そうに一瞬唇を尖らせたトガだが、パッと笑顔に変えるとなまえの手をぐいぐい引っ張った。


「ほら、弔くんたちが待ってますよ! 早く行きましょう!」
「ええ、あっ、ちょっと待ってヒミコちゃんっ」


とりあえず手櫛で髪の毛を整えながらカウンターや椅子の揃った部屋へ足を踏み入れて、なまえは"個性"封じの拘束をされた爆豪と仲間たち、そして雄英教師陣の会見が行われているテレビに気づいた。やはり寝起きから聞こえたあの音はテレビで正解だったようだ。椅子に座った死柄木はなまえが来たことを確認すると爆豪に目線をやり彼の名を呼んだ。


「ヒーロー志望の爆豪勝己くん。俺の仲間にならないか?」


テレビ側にいたマグネの隣に立ってちらちらと爆豪を窺っていればばちりと目が合い慌てて俯いた。……ダメだ、やっぱり爆豪を見ることができない。目だ。ここに来てからの爆豪のなまえを見つめる目が苦手で仕方がなくて、じっと見られない。何か覚悟を決めたような目の奥の闘志。なまえと視線があったとき特にそれはよく表れて目を逸らすしかなかった。


「寝言は寝て死ね」


爆豪の挑発のような言葉にも態度を変えず死柄木がにやりと笑う。全員が口を閉ざしたことでテレビの音だけが耳に届いた。責められるヒーロー。完全に悪者扱いだ。長い間ヒーローに憧れていたなまえにとって見ていて気持ちのいいものではない。それすら見ないように、聞こえないようになまえは黙って床を見つめていた。


「俺たちの戦いは問いだ。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのかどうか、それを一人ひとりに考えてもらう。俺たちは勝つつもりだ」


君も勝つのは好きだろう、と死柄木は首を傾げる。そして爆豪を指差すと拘束を外すよう荼毘に指示し始めた。まさか外せと言われるだなんて微塵も思っていなかった荼毘は暴れるぞと眉をひそめる。


「いいんだよ。対等に扱わなきゃな」


この状況で暴れて勝てるかどうかはわかるだろう。死柄木の言葉を聞いた荼毘はため息をついてトゥワイスに代わりに外すよう頼むことにした。面倒なことは極力避けたい。トゥワイスが文句を言いながらも外している中でコンプレスは爆豪に謝罪した。強引な手段だったのは申し訳なかったと。


「ここにいる者は事情は違えど人に、ルールに、ヒーローに縛られ苦しんだ」


少しずつ爆豪に近づく死柄木を横目に君ならそれをわかってくれるはずだと続けようとしたコンプレスは、突然の爆音に仮面の下の目を見開いた。拘束を外されたために使用可能となった"個性"によって爆破され、死柄木の顔につけられていた手が床へ落とされる。なまえはその光景がUSJのときと重なり急いで駆け寄った。しかしあのときと同様怪我はないようでなまえはほっとする。


「嫌がらせしてえから仲間になってくださいってか……! 無駄だよ」


死柄木の腕を掴んでいたなまえは爆豪と視線が絡み合いごくりと唾を飲み込んだ。以前なまえが言った通りだ。爆豪は仲間になんて絶対にならない。


「俺は、オールマイトが勝つ姿に憧れた。誰が何言ってこようが、そこはもう曲がらねえ……!」


なまえはそのとき、確かに爆豪に尊敬の眼差しを向けた。自分は死柄木に必要とされて彼の手を取った過去がある。だけど爆豪は敵に屈しないと言うのだ。自分にできなかったことをやってのける爆豪が眩しくて、羨ましくて。小さいころオールマイトが活躍するテレビを見ながら一緒に笑いあった日々を思い出してしまった。


「言っとくが俺はまだ戦闘許可解けてねえぞ!」
「お前自分の立場をもっと理解しろよ……大事なんだろ、なまえが」
「うっせえ! テメェらがなまえに手出さないことなんか見りゃわかんだよカスが!」


荼毘はちっと舌打ちをして爆豪を睨む。実際その通りなのだ。マスキュラーがいなくなった今、荼毘を含めこの場にいる全員がなまえに危害を加えることは決してないだろう。一瞬爆豪を睨んだ死柄木だったが片手で荼毘たちを制すと「お父さん」と呼ばれた手を拾い顔につけ直した。


「こっちにはなまえもいるし、正直君とはわかりあえると思ってた」
「……ねえわ」


なまえは取り返せばいいだけだ、と爆豪は改めて自分を鼓舞した。仕方ない。そう呟いた死柄木がザザ、とノイズの入ったテレビへと顔を向ける。


「悠長に説得してられない。先生、力を貸せ」
「――良い判断だよ、死柄木弔」


テレビから聞こえる声に爆豪は親玉はそっちだったかと後退する。このままではなまえを取り返せないまま自分は負けだ。どうすると必死に考えていれば後ろのドアが突如コンコンとノックされた。


「どーもー。ピザーラ神野店です」


この場に似合わない間延びした声が外からした直後のことだった。突然何者かの一撃によってアジトの壁が壊される。ピザ屋なんかじゃない。

――ヒーローたちが姿を現した。


神野区の悪夢編:前編



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