「なまえからそいつを退けてくれたこと感謝するよイレイザーヘッド。おかげで気絶させることができた」
「……さ、さっき相澤先生が倒したはずじゃ……っ」


尾白が戸惑いの声を上げるが倒れるなまえの前に姿を現した男はたしかに相澤が一度は倒した荼毘であった。


「探したぞなまえ。お前が怪我したら面倒になる男が一人いるの知ってるだろ」
「……あ、りがとう……荼毘、さん」


二度も見せられた仲間割れの光景に仲間じゃないのか、と飯田が率直に尋ねる。


「……そうだな。仲間だから、仲間を傷つけた奴を倒した。ただそれだけさ」


荼毘が襲いかかってくるのに時間はかからなかった。相澤は生徒と洸汰に後ろへ逃げるよう声をかけ、荼毘の"個性"を抑制して右腕を折る。先ほど聞けなかった情報をしゃべらせようと同様のことをしたはずだ。しかし荼毘は一度骨を折っただけで泥のようになくなってしまう。偽物だろうと予想はつけていたが、これは明らかに先ほどよりも弱い。どういうことだと相澤が思案していれば洸汰の焦る声が聞こえた。


「なんで、さっきまでそこに……!?」


なまえのことを言っているのはすぐに理解したため顔を向けるが、倒れていたはずのなまえの姿はなくなっていた。ひとまずマンダレイに敵の目的は伝えるべきだろう。本当ならなまえを保護したかったが、今は彼女を探すより生徒が優先だ。マスキュラーを拘束し、ブラドへ伝えるようになど必要なことを生徒に指示を出すと相澤は駆けた。なぜ、洸汰は出会ったばかりであるはずのなまえをあそこまで信用していたのだろう。僕のヒーローだという発言が気になりつつも、相澤は広場へ向かった。







「ほら、全部は見てなくてよくわからないがマスキュラーに殺られそうになってた」
「ああ。よくやった」


コンプレスはビー玉のようなものを荼毘に渡すとどういたしましてと一礼をする。玉は徐々に人型となり、数秒後には傷ついたなまえが荼毘に横抱きにされていた。トゥワイスは手を慌ただしく動かしてなまえの心配をすることしかできない。


「なっ、ボロボロじゃねえか!?」
「……骨はどこも折れてない、か」
「マスキュラーは二人目の荼毘が気絶させていたな」
「だろうな。本物……俺が行ったってそうしてた」


腕の負傷以外は全身打撲だろう。骨折が見られないのは幸いだった。

荼毘はなまえがマスキュラーを追いかけたあと、トゥワイスに命じてヒーローの足止めをする自分とさらにもう一人。マスキュラーがなまえを傷つけたとき実力行使をする自分を作らせたのだ。相澤が二人目を相手にしたとき弱いと感じた原因はそれである。同時に二人を増やしたために二人目が弱くなったのだ。


「ご苦労だったな」


荼毘は片腕でなまえを支えながらコンプレスの胸に手のひらを当てる。そして躊躇いもなく炎を放出した。


「お、おいおいおいっ」
「なまえを俺たちの元まで運ばせるためだけに増やしたんだから、もういいだろ」
「ちげえって! 熱ぃんだよっなまえちゃんが火傷すんだろ!! 冷たいくらいさ」
「うるさい」


コンプレスだったそれは、相澤が相手をした荼毘のように泥のようになって崩れていく。このコンプレスも、トゥワイスが"個性"で増やした一人だった。

直後、増やしたコンプレスではなく本物のコンプレスから爆豪を回収したとの無線報告が聞こえる。二人は全員が揃うまで回収地点で待機することにした。荼毘はトゥワイスに言われ脳無も回収しようと命令を入れる。あとは本当にただ待つのみだ。


「……にしても、これ本当に大丈夫か」
「なまえちゃんか? 怪我は大したことないって言ってたろ」
「手だらけ野郎の話だ」
「……あ、あー」


トゥワイスはマスクの下で苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。苦悶の表情を浮かべるなまえを見て死柄木は自分らを許すだろうかと一気に不安になる。特に荼毘とトゥワイスには死柄木直々に守れとの指示をもらっていた。頭を抱えたトゥワイスは死んじまう、いや生きるさと無意識に呟いてしまう。荼毘も顔にこそ出してはいないが、出会ったときのようにお互い攻撃する展開になるのではないかと内心ため息をつきたかった。マスキュラー、本当に余計なことをしてくれた。


「あれ? まだこんだけですか」


ガサッと音がしてそちらに目を向ければ、やけに上機嫌なトガが歩いてやって来た。しかし荼毘に抱かれたなまえの姿を目に入れるとすっと表情がなくなり首を傾げる。


「は? なんでなまえちゃんボロボロなんですか」
「マスキュラーの奴だ。あとは察しろ」
「……頭のおかしい戦闘狂でしたもんね。いつかはやると思ってましたが」
「お前が言うなよ……それより」


別の者にボロボロにされた事実は許せなかったが、命に別状がないならいい。荼毘に何人分の血を採ったか尋ねられトガは素直に一人だと答える。トゥワイスは三人分の血を採ってこいと言われていたことを指摘しながらもテンションの高かった理由を問いかけた。


「お友だちができましたっ……あとは笑顔でなまえちゃんに迎えてもらえると思ってたので、それで機嫌が良かったのです」
「ん……、あ、れ」
「おおっトガちゃんの声でなまえちゃんが目覚めた! 嬉しいな! もっと寝とけよっ」
「やったーなまえちゃんおはようございます!」
「うるせえなあ。黙って……」



背後……正しくは頭上辺りで何かが迫ってくるのを感じた荼毘が反応して振り返った。爆音と共に何かが文字通り降ってきたのに、全員が音の正体を確かめるべく体ごとそちらへ向ける。そこには地面へ叩きつけられたコンプレスの他に、その上に押さえつけるように乗った雄英生徒三名の姿があった。


「知ってるぜこのガキ共!! 誰だ!?」


雄英生徒でやって来たのは自分を浮かせたことで酔ってしまい口元に手を当てた麗日、なまえがいることに目を見開いた轟、複製腕を利用しコンプレスを押さえている障子だった。


「なまえ、立てるか」
「あ……はい」


なまえにだけ聞こえるように尋ねてきた荼毘に返事をすれば静かに下ろされる。地面に足がついたばかりだというのにふらりとよろけてしまい、近くにいたトゥワイスに体を支えられた。体を強く打ちつけたせいで痛みが走るが、ずっとこのままでいるわけにはいかないために大丈夫だよとトゥワイスに微笑む。だが大丈夫が信じるに値しないと思ったのだろう、トゥワイスはなまえを支えたままどうってことないさと親指を立てた。そのままなまえが一人でしっかりと立てるようになるまで支えてくれたトゥワイス。なまえがもう一度微笑めば満足そうに手を離した。


「避けろMr.」
「! 了解」


荼毘はなまえをトゥワイスに任せたあとすぐに青の炎を雄英生徒がいたところへと放った。三人は飛び退きコンプレスも自身をビー玉サイズに変えて荼毘の炎をやり過ごす。すかさずトガは麗日と酔っている彼女を庇うように立つ障子の元へ、トゥワイスはなまえの様子を確認した後轟の元へと向かいそれぞれ交戦を開始する。人型へと戻ったコンプレスはいっててと荼毘のほうへと足を進めた。


「爆豪は?」
「もちろん」


なまえはコンプレスが"個性"で爆豪を閉じ込めてきたのだと察するが、彼が爆豪を取り出すことをしない。ポケットを手に突っ込んだままのコンプレスに一声かければ、障子の逃げるぞという大声が森に響いた。


「右ポケットに入っていたこれが、常闇・爆豪だな。エンターテイナー」


でかしたとトゥワイスの相手をしていた轟たちが敵を避けるように反対側へ走り距離を取る。常闇という生徒も連れ去ろうとしていたらしいコンプレスは爆豪を取り返されたというのに相手を感心する余裕ぶりだ。


「なまえちゃんっ!」
「!」
「なまえちゃんもお願い、今からでも遅くないからっこっちに帰ってきて!!」


おそらく雄英には自分の過去や存在が知られているのだろう。麗日の腕が伸ばされこちらへ手のひらが向けられた。それに首を左右に振るなまえに、三人は悲痛な表情を浮かべる。


「なまえ!」
「……ごめんね。私……弔くんとずっと一緒にいるって、決めたんだ」


轟の呼び声にもやはり小さく頭を振る。なまえの出した答えは、これから先もずっと死柄木の元にいるということであった。

時間が経過したらしく、なまえの真後ろに黒霧のワープゲートが現れる。荼毘は帰る前に爆豪を再度奪い返そうとするがコンプレスはそれを制した。


「マジックの基本でね。モノを見せびらかすときってのは……見せたくないもの、トリックがあるときだぜ?」


べ、と出したコンプレスの舌の上には閉じ込められたままの爆豪と常闇がいた。障子の待っていた玉は氷結となり彼を襲う。そのままコンプレスがお辞儀をしつつ黒霧のワープゲートをくぐり去ろうとしたとき、突如レーザーが放たれた。不意をつかれた攻撃がコンプレスの顔付近を通過し、仮面とシルクハットの一部に掠れる。そのせいで隠していた爆豪と常闇が空中に放り出された。荼毘のそばにいたなまえは同じワープゲートに入ろうとしていた足を止める。常闇は奪われたが爆豪は荼毘が再回収することに成功した。


「哀しいなあ。轟焦凍」


ぐいっと反対の手でなまえを後ろにやり、もう片方の手は爆豪を掴む。轟は焦燥に駆られた表情で荼毘を見つめることしかできなかった。


「確認だ。解除しろ」


コンプレスは不機嫌を隠さず文句を言いながらも指をパチンと鳴らす。するとビー玉だった二人は元の姿に戻り、爆豪を確認できた荼毘は問題なしだと体を闇に任せた。


「っなまえ……」
「かっちゃん……」
「動くなよ爆豪……お前の出方によっては、わかるよな」


なまえの腕を掴みながら口角を上げる荼毘に、爆豪は彼女を視界に入れながら息を詰める。ああ、心配しなくても荼毘はなまえを傷つけることなど絶対にしないのに。コンプレスは荼毘に意地の悪さを覚えながら共に暗闇へと消えていく。

完全敗北。なまえたちにとっては圧倒的な勝利。多くの重軽傷者、そして行方不明者二名という結果を残して、雄英高校林間合宿は幕を閉じた。


林間合宿編:後編



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