アジトに帰った死柄木は撃たれた手を庇い椅子に腰かけた。そして恨ましげに画面を睨みながら「平和の象徴は健在だった……話が違うぞ先生」と先生に文句を告げる。


「違わないよ。ただ見通しが甘かったね」


先生は今回の失敗に怒っている様子はない。ドクターが脳無について尋ねると、黒霧は吹き飛ばされワープすることができなかったと答える。先生やドクターは残念そうに肩を落とした声を出すがまあいいかと軽い。


「そうだ、なまえに聞きたいことがあるんだよ」
「? はい」


死柄木の手当てをしようと救急箱を取り出して隣に座っていたなまえが先生の呼びかけにそちらを向いた。


「オールマイトは君を見てどんな顔をしていた? やはり、悔しそうな顔をしていたかい?」


なまえは数秒息を止め固まった。この言い方からして今回雄英を襲撃するのに自分を入れようと提案したのは先生だろう。"無個性"で足でまといにしかならない自分をどうして連れていったのかが不思議だった。なんとなくそうだろうなとは思っていたが、本当にオールマイトに悔し顔をさせるためだけに自分を連れて行かせたとは。なかなか答えないなまえに代わり死柄木が思い出しつつ返事をした。


「してたよ……自分のせいでって顔……あと助けることができなかったって表情も見せてくれた」
「へえ……僕も見たかったなあ。なまえにカメラを持たせればよかったね。そこまで頭が回らなかった」
「無理だ先生。なまえ泣き喚いてたし、写真なんて撮れる状態じゃなかった」
「そっ、そのときは泣いてなかったよ!」
「おやおや、なまえ。泣いてしまったのかい? それは心配だ」


からかわれていると気づくのにそう時間はかからなかった。だが先生はむっとなまえが機嫌を損ねるとすぐに察していやぁ悪かったよなまえ、怒らないでくれと謝ってくる。どちらかと言えば謝るのは死柄木だと思ったが黙っておいた。死柄木の手当てを始めながらなまえは先生の言葉に耳を傾ける。


「ともかく、今回のことは決して無駄ではなかったはずだ。精鋭を集めよう! じっくり時間をかけて! 死柄木弔、次こそ君という恐怖を世に知らしめろ!」


死柄木の目から闘志が消えない。一方なまえは今日という日を思い出し目を伏せる。口からこぼれ出たごめんなさいという謝罪は先生、ドクター、黒霧そして死柄木たちにはっきり届いた。それが爆豪たちに対する謝罪なのか、何もできず一度は捕まってしまったことに対する謝罪なのか、はたまた両方か。死柄木はなまえの頭に中指以外の手を乗せるとため息をつく。


「なまえ」
「……?」
「俺たちといること後悔してるか」
「……ううん。してない」


後悔なんてしていない。なまえがここにいるのは自分で決めたことだ。何回でも言うけどさ、余計なことは考えなくていいと死柄木は笑う。なまえはただ傍にいればいいのだとなまえの顔を覗き込む死柄木の目に嘘はない。


「弔くん……黒霧さん……ドクター……先生」


敵連合は自分の居場所だ。だから自ら手放すことはきっとこの先決してないだろう。皆さえいれば、敵連合があればいい。なまえを必要としてくれるのは、もうここだけなんだから。







雄英高校会議室。USJへの敵襲撃が起きたことにより教師数人が集まり緊急会議が行われていた。教師の他には塚内の姿もある。現在彼は死柄木たちについてまとめた書類をめくりながら報告をしていた。死柄木という名前、触れたものを粉々にする"個性"。"個性"登録を洗ってみたが該当なし。これは黒霧にも言えることであった。無戸籍かつ偽名の裏の人間。スナイプは配られた書類に目を通しながら椅子にもたれかかった。


「何もわかってねえってことだな……早くしねえと。死柄木とかいう主犯の銃創が治ったら面倒だぞ」
「主犯か……」


スナイプの主犯というワードに考え込む仕草を見せたオールマイトに校長の根津がどうしたのか問いかける。オールマイトは語った。もっともらしい稚拙な暴論、自分の所有物を自慢する、思い通りになると思っている単純な思考。襲撃決行も相まって見えてくる死柄木という人物像。それは幼児的万能感の抜け切らない子ども大人だと。続けて塚内は死柄木が手下と言った敵に話を持っていった。路地裏に潜んでいる小物ばかりだったが、そんな小物たちが子ども大人に賛同しついていったのが問題だという。


「ヒーローが飽和した現代、抑圧されてきた悪意たちは、そういう無邪気な邪悪にひかれるのかもしれない」


塚内は今後も犯人逮捕に尽力するとの一言で一度話を区切った。教師たちは子ども大人に指導者(バック)がついていたらと想像し、首を振る。それは考えたくないことだ。


「ところで、今回話題にあげたいのはもう一人。最後の一枚に記載した、緑谷なまえについて」
「!」


オールマイトは眉をひそめて書類の文字を目で追っていく。緑谷なまえ。死柄木たちと共に雄英を襲撃した人物。"無個性"であり、なぜ死柄木と行動しているかは不明。行方不明となっていたが、今回敵として姿を現した。


「意識を取り戻した相澤くんと少しだけ話したんだが、どうやらヒーローに詳しい子らしいね。相澤くんの"個性"の弱点を考察で見抜いたらしい」
「……なまえくんは、誰よりもヒーローに憧れてる子だったんです……だから、詳しいんです」


オールマイトは重苦しい空気を纏いながらもそう口にする。それにミッドナイトは知ってるのかとオールマイトを不思議そうに見た。


「爆豪少年が中学時代に巻き込まれたヘドロ事件は皆知っているだろう」
「緑谷なまえはそのヘドロ事件にて一番に彼を助けようと動いた少女でもあります。行方不明になったのはその日からという事実もしっかりと」
「塚内くんの言う通りさ……。私はあの日、爆豪少年を助ける前ヘドロに襲われていたなまえくんを助けたあと、"無個性"でもヒーローになれるかと尋ねた彼女を突き放してしまった……逃げてしまった敵を早く追いかけたかったからという理由などただの言い訳だ。私が見放したせいで、なまえくんは……っ」
「オールマイトだけのせいではないさ。気を病まないほうがいい」
「……すみません」


根津はオールマイトに笑いかけてふむと手を顎に当てる。


「……果たして敵連合は緑谷なまえという一人の少女を一体どうして仲間にしたのだろうね」
「? それは、私を絶望させるために……」
「うん。きっとそれもあるかもしれない。でもその日君と会っただけという理由で彼女が選ばれるかい? もっと大きな理由があったんじゃないかと思ってね」


もっと大きな理由。自分はあのときなまえを後継者として育てようと決意した。しかし、彼女は消えてしまった。オールマイト、といやらしく笑う憎き相手がノイズがかって頭をよぎる。もしもを考え出したら止まらなくなりそうだ。


「彼女は死柄木に懐き、死柄木もまた彼女を自分のものとしている節があったと聞いたよ。あの子が取り返されそうになったとき、死柄木はオールマイトよりあの子を優先したんだろう?」
「はい。なまえくんはダメだ、と」
「ダメ……ねえ。敵連合にとって……あるいは死柄木にとって、あの子がそれほどまでに大切な存在になってるってことかしら……」


ミッドナイトが言いづらそうに発言する。それにオールマイトは頷きつつ顔を上げた。


「なまえくんの心は敵に染まりきっていない。傷ついた人たちを見て顔を青くさせたり、怖がったり。怪我をした私に早く治るといいですねと心配をした」


オールマイト以外の教師は顔を見合わせる。なんとなくオールマイトの言いたいことが伝わったらしい。


「敵からなまえくんを助け出したい……私を殺そうと敵連合に加担した罪が消えることはないが、罪滅ぼしではなく本当に彼女を救ってあげたいんだ。今度こそ」


死柄木がスナイプに撃たれたとき、仲間の無事に涙を見せていたのは彼女の優しさ故だろう。特に反論は出てこない。むしろやれやれといった雰囲気が感じ取れてオールマイトは目を見開く。


「助け出したらお説教と罰は覚悟してもらわなきゃ」
「ははは。致し方ないね」
「今後も全力で捜査を続けよう」


ミッドナイト、根津、塚内。他の者も賛成のようだ。オールマイトは目尻に迫る涙をグッと堪え、待っていてくれと拳を握る。なまえの知らないところで、奪還の話は少しずつ進んでいくのだった。


USJ襲撃編:その後



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