「もう大丈夫。私が来た!」


なまえは咄嗟に死柄木の後ろへ隠れた。憧れていたヒーローが目の前にいることへの喜び、敵(てき)として対峙することとなったことへのほんの少しの恐怖。


「待ったよヒーロー。社会のごみめ」


オールマイトはなまえには気づかぬまま敵を一掃、そしてイレイザーヘッドと脳無にやられそうになっていた生徒二人を助け出した。その瞬間に死柄木に一発入れたらしく死柄木の顔についていた手が一つ外れた。


「ごめんなさい……お父さん」


なまえを隠すようにして顔に手をつけ直した死柄木は国家公認の暴力だ……と呟いた。


「弔くん……痛い? だ、大丈夫?」
「平気だ……思ったほどじゃない。本当の話だったのかな、弱ってるって話……」
「オールマイトが……弱ってる?」


背中を向けている死柄木にチャンスだとオールマイトが接近しようとするが立ち塞がったのは脳無だった。腹部、顔面どの部位への攻撃も効かずオールマイトは目を見開く。


「効かないのはショック吸収だからさ。脳無にダメージを与えたいなら、ゆうっくりと肉をえぐり取るとかが効果的だね」
「脳無くんえぐり取られちゃうの……?」
「おまえやるか。脳無のミンチショー」
「ひえっ」


オールマイトは死柄木と会話している女の子の聞いたことのある声が先ほどから気になっていた。どこかで聞いた落ちついた声。思い出すよりまずはこっちだと脳無にバックドロップをくらわせた。

まるで爆発だとそんなことを思う。なまえは強風で飛ばされそうになり死柄木の背中に抱きついた。風がやみ煙も収まってオールマイトの姿を確認しようとちらりと死柄木の背中から顔を出してなまえは口元に手を当てた。


「なるほど……そういう感じか……っ!」


コンクリートに脳無の体を埋め込ませる算段だったのだろう。奇しくも黒霧が埋め込まれるはずだった脳無の上半身をワープさせたことで形勢は逆転した。脳無の指がオールマイトの脇腹に突き刺さる。拘束する役目の脳無、オールマイトの体を引きちぎる役目の黒霧。本当に殺す気なんだ……となまえは息が上がる。


「イレイザーヘッドはよかったけど……オールマイトの死に様はちゃんと見てろよ。おまえを見放したヒーローが黒霧に……俺たちに殺される様をさぁ」


死柄木が言い終えた直後、爆破音が響いた。爆豪が怒った表情で黒霧を地面に押しやり、轟が出した"個性"であろう氷で脳無が動けなくなった隙にオールマイトが抜け出す。死柄木も切島に攻撃されそうになるが、なまえを持ち上げて後ろへ下がり難なく回避した。


「攻略された上に全員ほぼ無傷。すごいなぁ最近の子どもは。恥ずかしくなってくるぜ、敵連合……!」


黒霧のワープゲートは爆豪に分析され動けないようだが、脳無には超再生の"個性"もある。氷で体の半分がなくなったように思えた脳無が超再生で元通りになっていく。


「脳無はおまえの百パーセントにも耐えられるよう改造された超高性能サンドバッグ人間さ」


まずは黒霧を取り戻そう、と思ったらしい。脳無に命令すると迷いなく爆豪に突っ込んでいく。未だに誰にも見えないよう死柄木の背に隠されているなまえには何をすることもできない。結局オールマイトが庇い爆豪は助かっていたが速すぎてよくわからなかった。


「加減を知らんのか」
「はは……誰が為に振るう暴力は美談になる……そうだろ、ヒーロー。俺はなオールマイト! 怒ってるんだ! 同じ暴力がヒーローと敵でカテゴライズされ、善し悪しが決まるこの世の中に!!」


平和の象徴であるオールマイトなんて、所詮暴力抑制装置だ。暴力は暴力しか生まないのだとオールマイトを殺すことで世間に知らしめる。嬉々として語る死柄木にオールマイトは自分が楽しみたいだけだろと厳しい目つきで相手を睨む。


「うそつきめ」
「……バレるのはや。まあいいや。オールマイト……おまえに見せたい奴がいるんだよ」
「見せたい奴だと……?」
「この瞬間が来るのを待ち望んだよオールマイト。感動の再会だ……!」
「え……弔くん?」


死柄木が体を横にずらしてここへ来たときと同じくなまえの肩に手を乗せた。なまえに大きく反応を示したのはオールマイトと爆豪だ。「君はあのときの……っ!!」とオールマイトが驚いていると、爆豪の肩が震えているのに切島はいち早く気づいた。


「だから……なんで……クソ敵なんかと一緒にいやがる、なまえ!!」
「っ行くな爆豪!」


人質に取られている一般人という感じではない。それにしては親しげだったし、敵がこの場に現れたとき死柄木と共に来たのをこの目で見ていたからだ。切島は必死に今にでも飛び込んでいきそうな爆豪を押さえる。そういえば爆豪は初めて少女が現れたときも同じように駆けつけようとしていたなと切島は思い出した。


「あの子と知り合いかよ、爆豪」
「っ……」
「なまえとそいつ、幼なじみだったっけ? たしか"無個性"はヒーローになれないだのなんだのってなまえを散々苦しめた奴だ。オールマイトも懐かしいだろ? おまえがヒーローの夢を諦めたほうがいいってとどめをさしてくれたおかげで、なまえは俺たちの仲間になってくれたよ!」
「っぶち殺してやる……クソがぁ!!」


なまえは誰を見ていいのかわからなかった。ひたすら俯いて時間が過ぎるのを待つしかない。ただなまえはなぜ死柄木が見えないように隠していたのかはわかった。オールマイトに絶望を味あわせるためだ。オールマイトは聞き覚えがある理由がわかった。ヘドロ事件のとき……この少女をワン・フォー・オール後継者として認めようとしたあの日、消えてしまった女の子だったからだ。ずっと探していたヒーローの素質がある一人の少女を、自分の言葉で敵にさせてしまった。オールマイトがギリっと歯を食いしばる。それに死柄木は嬉しそうに笑う。


「いいねぇオールマイト。救えなかった気分はどうだ。なまえもオールマイトに何か言いたいことあったら言ってやれよ」
「えっ!? あ、じゃあ……怪我、早く治るといいです、ね」
「いや殺すんだよ。何優しい言葉かけてんだバカか」
「弔くんが無茶ぶりしてきたのに……!」
「おい手だらけ野郎!」
「あ?」


切島に押さえつけられている爆豪が死柄木に向かって怒鳴る。「どうやって誑かしたかは知りたくもねえよ! なまえ返せや!」それにびくりと体を震わせたなまえを横目に死柄木はいやいやと怠そうに言葉を発した。


「なまえを返せって言うけどさ……返してどうすんだよ。一時的でも敵になってオールマイト殺そうとしてる俺たちに加担した事実は覆せないんだぜ? もうきっとなまえは前の生活になんて戻れない……かわいそうだろそんなの……ずっと俺たちといたほうがなまえは幸せに決まってるんだ」
「ふざけるなよ敵! 貴様は私や爆豪少年らを絶望させるためだけに、なまえくんを手元に置いているだけだ!」
「まさか。そんなことだけのためになまえを手元に置いてるなら、さっさとおまえら絶望させてとっくに殺してる」


なまえは特別な存在だ。出会ったばかりのころならオールマイトの台詞に頷いていただろう。先生になまえを敵連合へ仲間として受け入れろと言われたときは誰だよそれなんの冗談だと思った。しかしまあ、情報収集係としては合格だ。死柄木はなまえを認めているしこの先離す気は無い。弔くん……と不安そうにこちらを見つめてくるなまえに大丈夫と小声で言う。見放さないさ、絶対に。見放してたまるか。ヒーロー社会なんかになまえを返してたまるか!


「脳無、黒霧。やれ。俺は子どもをあしらう。なまえはそうだなぁ……少し下がってろ。ただし俺たちの見える範囲だ」
「……うん」


死柄木の命令により、脳無と黒霧はオールマイトに襲いかかった。続いて死柄木も生徒に襲いかかろうと走り出す。なまえは後ろに下がりながら爆豪をちらりと盗み見た。しかし向こうもこちらを見ていたようで視線が絡み合う。鋭い視線に射抜かれそうだ……となまえから視線を逸らした。

――かっちゃん、私を返せって言ってた。

暴言は覚悟していたが、そんなことを言われるとは思いもしなかった。ぎゅうっとスカートを握り大人しく邪魔にならないようその場で待つ。その刹那、強風が起こった。ショック吸収に限界があるのではとオールマイトが何発も脳無に拳を当て続けている。死柄木も黒霧もオールマイトの気迫と巻き起こる風に近づけない。なまえもその光景にばかり気を取られ、後ろから近づく人物に気づくことができなかった。


USJ襲撃編:中編



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