「なまえ。行くぞ」
「え?」


朝からやけに死柄木の機嫌がいいなと思っていたがこれはどういうことだろう。どこに……? と尋ねても笑うだけで答えてはくれない。とりあえずついていけばなぜかたくさんの敵がいて、なまえは不安になり死柄木に縋る。よく見ればそこには黒霧や脳無もいた。死柄木は周りを見渡したあとスッと片手を上げる。それが合図だったようで黒霧は"個性"を発動させワープゲートを開いた。


「と、弔くん……本当にどこに行くの……?」
「雄英高校だよ。オールマイトを殺す」
「雄英……!? オールマイトって……わっ、弔くん……!」


ぐいっと腕を引かれてなまえは死柄木と共にワープゲートを潜った。瞑っていた目をそーっと開ければ、前を見据える死柄木の中指と小指を除く三本の指が自分の肩を抱いている。そしてなまえはキョロキョロと辺りを見回した。雄英高校……自分が目指していた場所。来れるとは思っていなかったため死柄木の目的を忘れてわああと目を輝かせる。


「弔くん弔くん! どうしよう私興奮しちゃってるよ……!」
「見ればわかる。うるさいから黙ってろ」
「う、うるさい……!」
「13号に……イレイザーヘッドですか……」
「えっ……?」


黒霧の声がしてなまえの興奮は一気に収まっていく。そうだ、たしかさっき死柄木はオールマイトを殺すって……。


「どこだよ……せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ。オールマイト……平和の象徴……いないなんて……。子どもを殺せば来るのかな?」


なまえがゾッとしているといつの間にかイレイザーヘッドが敵と戦っている。抹消ヒーローだと騒ぎ立てる余裕はなかった。自分が一緒にいるのは敵で、平気で人を殺せる人だったと今更ながら思い出す。それでももうなまえには死柄木しかいない。自分の仲間はすでに死柄木や先生、黒霧などの敵だ。もう戻れない。どんなことをしたってなまえが死柄木を嫌いになることなんてできないのだ。


「なんでテメェがそこにいやがる!!」
「――っ!」


時間が止まるのではないかと思うほどの衝撃は突然だった。イレイザーヘッドが飛び降りてきた場所……つまり声が聞こえてきた場所を見上げ、なまえは息を呑む。すぐに切島に手を引かれ見えなくなってしまったが、いた。


「かっ、ちゃん……っ?」


幼なじみの爆豪勝己の姿がしっかりと見えた。爆豪も雄英を目指していたのをすっかり忘れていた。カタカタと手が震え始めなまえは拳を握りしめる。"無個性"だとバカにされた日々が頭をよぎった。何度もヒーローになれないと言われた日々も全てだ。ヒーローになれねえなら敵ってことかよ! と軽蔑の眼差しを向ける爆豪が目に浮かぶ。唇を噛みしめていると黒霧が消えていく。生徒の元へ向かったのだろうか。


「なまえ」
「! な、に?」
「余計なことは考えなくていい。おまえの味方は誰だ」
「……弔くん、たち」
「そう……俺たちだ。だから何も心配いらない……なあ、なまえ」


言ったろ。俺たちは絶対見放したりしないって。

死柄木の言葉になまえは長く息を吐いた。……よし、大丈夫みたいだ。久しぶりに顔を見て取り乱してしまったが、自分には死柄木がいる。ここにいればもう見放されることは決してない。だから他の誰かに見放されても傷つく必要はないのだ。死柄木たちがいてくれれば、それでいい。


「ああ。そうだなまえ」
「うん……?」
「ヒーロー分析ノート。勝手に見せてもらった」
「いいけど……私、役に立てた?」
「最高だなまえ」


ニヤリと笑った死柄木がイレイザーヘッドに視線をやる。そして何かの秒数を数え始めた。トンとなまえの肩を押して脳無にキャッチさせた死柄木がイレイザーヘッドに接近する。同じように接近してきたイレイザーヘッドの肘がお腹辺りを攻撃したのが見えて弔くん! となまえは叫んだ。しかしどうやら死柄木は肘を掴み回避したらしい。ほっと息を吐いているとイレイザーヘッドの肘が死柄木の"個性"によって崩れていく。


「なまえのノート通りだ。髪が下がる瞬間があるし、間隔が短くなってる」
「!」
「無理をするなよ、イレイザーヘッド」


死柄木に小走りで近づいたなまえは彼の腕に自分の腕を絡めた。誰かが傷つくところを見て少しだけ怖くなり温もりがほしかったのだ。イレイザーヘッドは崩れた肘を庇うように敵との戦いを続ける。死柄木は容赦なく脳無をイレイザーヘッドの元へと向かわせた。


「ところでヒーロー。本命は俺じゃない」


脳無がイレイザーヘッドをたった一撃で戦闘不能に陥らせた。血が見えてなまえは思わずひっと小さく悲鳴を上げる。脳無に右腕、左腕と攻撃され最後は顔を地面に叩きつけられたイレイザーヘッド。


「弔くっ……」
「怖いなら見なきゃいい。最後の死体だけ拝め」


顔を青くさせていると隣に黒霧が現れた。死柄木弔……と名前を呼ぶ声は低い。どうやら生徒を一人逃がしてしまったようなのだ。


「おまえがワープゲートじゃなかったら、粉々にしたよ……っ!」


黒霧の言葉にあからさまにイラついた様子を見せた死柄木になまえはあわあわと焦る。ひとまず弔くんとしがみつく腕に力を込めると死柄木はなまえを見つめる。


「……今回はゲームオーバーだ」


そしてはあとため息をつき何十人ものプロ相手では叶わないから帰ろうと口にする死柄木。オールマイトを殺すなどと言った割にはあっさり帰るのかとなまえは首を傾げた。なまえの腕を解くと死柄木は思いついたかのようにくるりと横を向いた。


「平和の象徴としての矜恃を少しでも――へし折って帰ろう!」


全く気づかなかったが、海のようなところに生徒二人が隠れていたらしい。峰田の横にいた蛙吹に、バッと死柄木の五本の指が近づく。死んじゃう……っとなまえは顔を逸らすが、死柄木のご機嫌な声はしない。


「本っ当かっこいいぜ。イレイザーヘッド」


気絶していたと思われたイレイザーヘッドが"個性"で死柄木の"個性"を消したらしい。脳無がイレイザーヘッドの顔をもう一度強く打ちつけるのと同時に死柄木は手を離して立ち上がった。


「脳無、このガキ二人殺れ」


イレイザーヘッドから生徒二人へと近づき脳無は手を振り上げる。しかし突如響いた破壊音にその手は振り上がったまま止まった。死柄木やなまえも音のほうに顔を向け、煙の中から現れた人物にそれぞれ違った反応を示す。本物をまた見れたことに喜べばいいのか、これから死ぬかもしれないことを悲しめばいいのか。自分が敵連合に入るきっかけの一つともなった人物に瞳を揺らすなまえ。ゲームオーバーだと思っていたのに、コンティニューだと嬉しそうに目を細める死柄木。

平和の象徴、オールマイトが現れた。


USJ襲撃編:前編



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