*もしも敵連合ではなくて死穢八斎會にいたら
*治崎、壊理メインに書いてます







「姐さん、何してるんすか」


突然背後から声をかけられて体を震わせたなまえがそろりと振り向けば、そこにいたのは不思議そうに首を傾げる窃野だった。「びっくりしたよ」と胸に手を当てながら言うなまえに窃野も真顔で「こっちもです」と返す。


「今のエリちゃんのお世話役の人に買ってきてもらったんだ。これを持っていってあげようかなって」
「……なんですかその棒のおもちゃ」
「魔法少女? のステッキとかなんとか。あの人があげるものには全部興味示さないみたいで、これもちょっと心配だけど」
「あー、まあ、姐さんが持っていくなら喜ぶんじゃないですかね」


片手で持っていた大きめの紙袋からステッキを取り出したなまえがふわりと笑う。なまえが笑ったことで自然と笑みがこぼれた窃野は行き方は大丈夫ですかと尋ねた。頷くなまえにほっとした窃野は一礼をして背を向ける。そのまま立ち去ってしまった窃野になまえは小さくため息をついた。


「うーん、姐さんなんて呼ばなくていいんだけど……」


ステッキを紙袋に戻したなまえはとぼとぼと地下の道を進んでいく。名前で呼んでいいと言ったところで窃野は「姐さん」呼びをやめないだろう。自分がここに来てから窃野を含めて一部の者たちはなまえを「姐さん」と呼んだ。こちらがいくら頼んでも一向に直そうとしないので、最近ではもしかしてしつこく直そうとする自分が悪いのでは? と思い始めてしまっている。さすがに年上に姐さんと呼ばれるのは違和感があるもので、何だかんだで毎回もやもやしているのだが。


「エリちゃん、なまえだよ。入るね」


ノックをして開けたドアから飛び出してきたのは壊理だ。なまえの腰に腕を回した壊理はぷるぷると震え今にも泣きそうな表情で縋ってくる。数度頭を撫でて一緒に部屋に入ったなまえは壊理と共にベッドに腰かけた。不安そうに見上げてくる壊理になまえは安心させるべくにこりと笑いかける。


「今日は一日中一緒にいていい許可が取れたの! いっぱい遊ぼうね、エリちゃんっ」
「……うん」


爪の先が白くなるほどぎゅっとしがみついていた手の力が弱くなったことに安堵した。笑みこそ見せてくれないものの、なまえからのプレゼントには目を輝かせてくれてよかったと思う。


「なまえさん」
「なに?」
「ありがとう。大好き」


ステッキを握りしめて大きな目を向けてくれる壊理は可愛らしい。更に大好きと言われてしまいなまえの表情はだらしなく緩んだ。


「私もエリちゃん大好きだよ」


なぜかまた泣きそうになる壊理に慌ててしまう。大丈夫!? という言葉に頷く壊理は何かに耐えるように唇を噛みしめていた。







「機嫌が悪いな、なまえ」


特徴的なペストマスクを身につけ、白手袋をつけた手で頬杖をついていた治崎はそんなことを吐き捨てるように言った。機嫌が良くない理由なんてわかってるくせに、となまえは頬を膨らませてじっと治崎を見つめる。子どもじみた行為にやれやれと首を振った治崎は後ろに控えていた玄野に視線を向けた。退出しようとした玄野の足を止めたのはいじけたままのなまえだ。


「クロノさんがいなくなるなら私もこの部屋から出て行くからね」
「壊理と会う時間を減らしたのがそんなに怒ることだったのか。悪かったよなまえ。いい加減機嫌を直せ」
「だって廻くん全然エリちゃんと会わせてくれないんだもん。久しぶりに会えたのに一時間でさよならなんて酷いよ」


壊理の巻き戻す"個性"がいつ発動し暴走するかわからない以上本来なら一時間でさえ一緒にさせたくない。家の中なら自由を許しているだけでも心が広いと感謝されるべきだろう。実際のところなまえを病気を持つ人間の元へと行かせるのが嫌なだけなのだが、今壊理を病人扱いすれば本当に出て行ってしまうに違いない。再度謝罪を口にすれば尖っていた唇のままなまえはちらりと治崎を見た。


「じゃあまた近いうちにエリちゃんと会ってもいい?」
「わかった、約束しよう」
「廻くんはついてきちゃダメだよ。廻くんいるとエリちゃん怯えて話もしてくれないんだから」
「ああ」
「……じゃあ、いいよ。もう許す」


今度こそ出て行った玄野に治崎は二度自分の膝を叩いた。それに腰を上げたなまえは俯いたまま治崎の足の間へと座り、背中を預ける。しばらくなまえの手を触りながら黙っていた治崎は、突然振り向いたなまえにぴたりと手を止めた。


「廻くん触りすぎ」
「何だ、なまえも触りたいのか?」
「ち、違うよ。もう……本当、廻くんは私が好きだねっ」
「好きだがそれがどうした」
「う、」


耳まで真っ赤にさせたなまえが振り向いたまま視線だけを逸らす。「む、"無個性"だからでしょ」と照れ隠しをすれば今度は頬を撫でられてぴくりと肩が跳ねた。


「なまえだからだ。信じないようなら毎日言うがどうする」


遠慮しますと蚊の鳴くような声で呟かれた言葉に、治崎の目が満足そうに細められる。なまえが姐さんと呼ばれる理由は治崎に愛されているからなのだが、実はこの二人付き合ってすらいない。距離がおかしいことに気づかないなまえは治崎のされるがままだ。なまえが嫌がっていないことなどわかりきっているからこその距離だが。好きと言いあっているのに付き合ってないと聞けば周りはどんな反応をするのだろう。少なくとも玄野や音本は驚きすぎてマスクの下で口を開け続けた。


「言わなくても伝わってるよ」


それでも誰かに好かれていることを言葉にされると嬉しいものだ。幸せそうに笑うなまえと見つめる治崎の時間はゆっくりと過ぎていく。こんな幸せな時間がいつまでも続けばいいのに。そう願わずにはいられなかった。







なまえの手は温かくて、自分をぎゅっと包み込んでくれるみたいで大好きだ。布団を頭まで被った壊理はじわりと滲む涙に目を閉じる。ぼんやりと頭に浮かぶのはヒーローのコスチュームを身に纏い自分を抱きしめてくれたなまえだ。呪われているのだと言われるこの"個性"を、素敵なものだと言ってくれたなまえ。


「なまえさん、なまえさん……っ」


なまえは"無個性"で、ヒーローじゃない。しかし幼いながらも頭の中の光景が幻や妄想ではないことを理解していた。脳内の光景ではぼやけて姿はよくわからないけれど、金髪の男の人――ミリオもあわせてなまえは壊理のヒーローだ。


「だいすき」


大好きだと言ってくれるなまえに、嬉しさと同時に悲しい感情がいつも込み上げる。自分はなまえを知っているのに、なまえは自分を知らない。辛くて苦しくて堪らないのになまえが壊理を知るはずもなくて。


「だいすき、なのに」


ぽろぽろこぼれ落ちていく涙で枕の色が変わっていく。もしも、もしもだ。いつかヒーローが来たとして、自分が助かって……なまえが助かって。そのときなまえはどうなるのだろう。また自分に大好きと笑いかけてくれるのだろうか? 抱きしめて、隣にいてくれるのだろうか?


「なんで、あの人と一緒がいいの」


治崎がそばにいなければきっとなまえは笑顔を見せてくれない。壊理が助かるということは、なまえの笑顔を奪うことに繋がってしまうのだ。どんなに名前を呼んだところでこの暗い部屋になまえが現れることはない。先ほどまで触れていたなまえの温かさを思い出しながら、壊理は布団を抱きしめて泣いた。せめて夢だけでもなまえとの幸せな時間を過ごさせてくれと願う。


IF:死穢八斎會



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