*バレンタインネタ
*死柄木とは付き合ってる



「あ。そういえばもうすぐでバレンタインですね」
「ヒミコちゃんバレンタイン知ってるんだ……」
「酷いですなまえちゃん、私だって知ってますよ! 常識ですっ」
「おまえが常識を語るなよ……」


ぷんぷんとわざとらしく憤慨するトガに死柄木は椅子に腰かけつつため息を吐いた。なまえはトガのセリフを改めて脳内で再生する。そうなのだ、もうすぐでバレンタインがやってくる。なまえ自身チョコを作ったり買ったりしたいのは山々なのだが、敵連合にはチョコに微塵も興味ない者がほとんどだ。皆優しいからもらってはくれるだろうが嫌々もらわれるのはなんだか違う気がする。というか実際トガ以外興味はないだろう。てっきりこういうイベントごとは流されるものだと思っていたなまえは驚いた。


「まあ私はチョコより血がほしいですけどね」
「……な、なんで私を見るの!?」
「ふふふー」
「おい」
「冗談ですよー。ほんと弔くんって冗談が通じないですよねぇ」


口元に笑みを浮かべたままトガが不満をぶつけた。それに反応することなく死柄木は目だけをなまえに向け口を開く。


「バレンタインね……死ぬほど興味がない」


心底どうでもよさそうな死柄木になんと答えていいかわからず苦笑で返す。トガはそんななまえの表情ににやりと口角を上げた。ふーん、と面白そうな声色で呟いたのに気づく者は誰もいない。







どうぞ! 語尾にハートでもつきそうなくらいの媚びた声と共にトガから渡されたのは、ラッピングされたチョコレートだった。戸惑うなまえの手にチョコを握らせたトガは愛おしそうに頭を撫でてくる。友チョコか何かかと尋ねれば上機嫌のまま顔を耳元に近づけてきた。


「大好きな弔くんにあげてきたらどうですか?」
「えっ!?」


母親以外からのチョコは初めてだと緩んでいた顔が驚愕に変わった。ほぼ密着した体にトガの表情を見ることはできないが、おそらく満面の笑みを浮かべていることだろう。


「大丈夫ですよ、変なものは入ってません。外に出られないなまえちゃんのために特別に入手した普通のチョコだからね」
「あ、ありがとう……えっと、買ったとかじゃないの?」
「うふふ」


手に入れた方法は秘密らしいが、自分のために準備してくれたようだ。なまえはヒーローや警察に面が割れているし、見つかった場合逃げられる足の速さもない。そのため基本的にはアジトにこもりっきりなのである。だがそのことと今回なまえのために死柄木に渡すチョコを持ってきてくれることに何の関係があるのだろうか。


「私はね、なまえちゃんが大好きなんですよ。あなたの隣は心地良いから」
「ありがとう……?」
「バレンタインに興味がないって言われたときのなまえちゃんがすごく悲しそうだったので。女の子からチョコをもらう気持ちを知れば弔くんもきっとバレンタインが好きになりますよ」
「ヒミコちゃん……」


なまえが一人感動していると一度距離を取ったトガに両手を握られる。


「だからチョコもらったときの弔くんの反応が面白かったら教えてくださいねっ」
「あー」


感動を忘れて空笑いするなまえはなるほどと手を握り返した。単純に面白がっているだけのようだ。

しかしせっかく持ってきてもらったチョコだ。なまえとしても死柄木に気持ちだけでも受け取ってほしい。いつものようにノックもなく部屋にやって来た死柄木を迎えたなまえは落ち着きなくそわそわと唇を噛む。様子がおかしいことに気づいた死柄木は長い瞬きを終えるとベッドに腰かけた。ぎしりという音を立てながら体の横に手をついてなまえに顔を近づける。


「で? トガに何吹き込まれた」
「ばれてる……!」
「そりゃあんだけこそこそしてれば俺でなくても気づくだろ」


顔につけられていた手が外され、前髪の隙間から死柄木の目がこちらを見つめてくる。まあ隠すことでもないかとなまえはトガとの会話を全て死柄木に話した。「面白がってんな」ぼそりと呟かれる言葉にその通りだと頷けばはあと大きなため息をつかれる。


「弔くんはこういうイベントに興味ないかもしれないけど、私はあるというか」
「へえ」
「チョコあげたりもらったりって今までなかったし、その……」


好きな人にチョコをあげる。女の子の憧れじゃないか。しかし死柄木に憧れ云々を言っても気持ちは微塵も伝わらないだろう。どう伝えよう、と悩みながら枕の下に隠してあるチョコを撫でるように手を動かした。


「弔くんが好きって気持ちを形にして伝えられる日かな、って……お、思って」


考えがまとまらずに口にした言葉になまえの頬がみるみる赤く染まった。きっと恥ずかしいことを言った……! 俯いたなまえに死柄木が顔を覆っているなんて気づくはずもない。


「別に……他にも方法はあるだろ、普通に」
「え……?」


顔を上げた直後に唇に触れたのは死柄木の人差し指だ。温かい感触に一瞬でもキスかと思った自分にまた顔が熱くなる。


「期待したか?」


それはそれは楽しそうに微笑む死柄木をかっこいいと思ってしまった。でも、そうか。気持ちはチョコじゃなくても伝わるのか。


「弔、くん」
「ん」
「でも、ヒミコちゃんがせっかく持ってきてくれたし、一応もらってくれると嬉しいな」
「じゃあもらうけど半分はなまえが食えよ。俺はこんなにいらない」
「そ、それと」


恥ずかしい。すごく恥ずかしいけれど、おそらく言葉にすれば死柄木は願いを叶えてくれる。浅い呼吸を繰り返したなまえは死柄木の服をそっと掴んだ。


「期待したから、そっちの形でも好きを伝えたい……です」


どっちの形だよと突っ込む死柄木の腕が伸びてなまえを絡めとる。

今でも死柄木の中ではバレンタインというイベントは興味のないどうでもいいものだ。だがまあ、イベントを口実にこうして触れ合えるのなら存外悪くないとも思う。







「私のチョコついで扱いだったんですね。いいんですけど。美味しかったですか?」
「美味しかったよ……! ホワイトデーは何かしらお返しできるよう頑張るね」
「なんでもしてくれます?」
「? うん。私にできることならなんでも」
「じゃあほんのちょっとだけでいいから、なまえちゃんになりたいなぁ」


睨まれているだろう視線を感じてトガはぷいっと顔を背けた。あえて冗談ですよ、とは言わない。トガはなまえを殺したいわけでも傷つけたいわけでもないが、好きな人になりたいとは常々思っているのだ。


「うんと、じゃあ服でも交換する?」
「なまえちゃんの服……! しますー!」


別れさせようとしているわけではないのだから仲良くするくらい許してほしいものである。にこりとかわいらしく笑いかけてくれるなまえにまた好きが溢れた。


「自分だけが好きだと思わないでほしいなぁ」
「ヒミコちゃん、何か言った?」
「いーえ」


なまえの幸せそうな顔は嬉しい。だけどトガはなまえの幸せを独り占めするのは許せないのだ。自分以外が触るだけで苛々したように睨んでくる男のことは忘れてトガはなまえにぎゅっと抱きつく。バレンタインの日はいい思いをしたんだろうから、今くらいはいいじゃないか。照れたように名前を呼んでくれるなまえを抱きながら小さく息を吐いた。


(かわいくて優しくて、私の大好きななまえちゃん)


なまえの幸せはトガの幸せだ。敵連合の誰もが思っていることをトガも当たり前のように感じている。


(もっともっと私たちを好きになって)


辛くなったときなまえが一番に縋るのは死柄木だ。だけどこれからは死柄木以外にも頼ることをしてほしい。なまえがヒーローと決別した今もういつか離れてしまうんじゃないかなんて心配はしなくてもいいのだ。もっと自分たちを好きになって、依存して、敵連合のことだけを考えて。

そうすれば、ずっと一緒にいられるのだから。


ふれられるしあわせのすべてよ、君よ



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