「轟さ、体育祭から雰囲気急に変わったよね」
「あー。そういえば爆豪くんと戦ってる最中いきなり目見開いて止まったからどうしたのかと思った」


轟は芦戸と葉隠の言葉に顔を上げた。クソ親父の力は使わない、お母さんの力だけで勝つ。そう心に決めたはずだった。しかし爆豪との最終決戦、右の"個性"を使おうとした瞬間USJ襲撃のときに聞いたあの声が頭に響いたのだ。

――君の! 力じゃないか!!

あのときなぜか雄英の体操服を着た彼女、なまえの姿まではっきり見えた。なまえは傷つきながらも自分を叱咤している。なまえは現在敵で、爆豪の幼なじみだった奴らしい。約一年ほど前に突如姿を消し、そして今度は突如敵として目の前に現れた。詳しいことはわからないがUSJで爆豪が怒り狂い、悔しそうな表情をしていたのを思い出す限りなまえは爆豪にとって大切な存在だったのだろう。だがなまえは雄英生ではない。だからなぜあんな光景が頭に浮かんできたのかも轟は理解できなかった。でも、あのとき轟はたしかに父を忘れた。ありえないことなのに全てが幻と思えなかったのだ。それに、あれから時々なまえがこの場にいたような光景を見ることがある。


「俺らのクラス、本来二十人のはずなのに最初から人数が十九だったよな」
「え? うん。奇数でペア組むとき余り出るなーとは常々思ってるけど……」
「轟くん、それがどうしたの?」
「……もし、本来もう一人の枠で入学するべきだったのが――」


ガタン! と前のほうで大きな音がした。爆豪が机を蹴ったらしく轟は人でも殺せそうな目で睨まれている。


「その話今すぐやめろや。胸糞わりぃんだよ」
「……爆豪。なまえ、雄英目指してたのか」
「!?」


驚いた表情は正解を表している。やっぱりあのとき自分が見たモノは何か意味があるものなのだ。クラスメイトはなぜ今敵であり、爆豪の幼なじみである名前が出てきたのか戸惑う。


「んで……っ、なんでテメェがなまえのそんなこと知ってんだ!!」
「おいやめろ爆豪!」


こちらに近づいてきた爆豪に胸倉を掴まれ、切島が仲裁に入る。

――か、かっちゃん! ケンカはダメだよ……!

まただ。頭の中ではなまえが雄英の制服姿で慌てて轟と爆豪の間に入る。そしてやめなよと爆豪を宥めるのだ。


「体育祭で爆豪と戦ってるとき、なまえがその左は俺の力だろって叫んでるのが見えた」
「左……? その炎か……てか、お前……」
「別に信じなくていい。記憶の一つみてえに流れてくる映像のなまえが雄英の制服とか体操服とか着てる……なんでかは知らねえ。あいつが敵じゃなかったら俺たちと同じヒーロー目指してたんじゃねえかって、そう思ったから雄英の話出した。それだけだ」
「……だって、」
「爆豪?」
「っ俺だって、何度も何度も、毎日のように見てるわそんなもん!!」


例えば自分の後ろの席にいる峰田。そこにいるのはなまえだった。例えば休み時間。なまえがおどおどしながらも女子たちと楽しそうに話しているのを遠くから眺めていた。例えば授業中。ヒーロー基礎学について考え込んでいたのか午前の授業で指名されて変な返事をしてしまっていた。なまえはいつも笑顔だった。本来このクラスは二十人で、なまえが雄英に入ることになっていたはずだ。


「なまえが目の前で消えたあの日からずっとだ! 俺は近くにいたのに、なまえを助けられなかった!!」
「………」
「嫌がらせのつもりかよ……あァ!?」


ヒーローになんてさせたくなかった。自分がいればなまえがヒーローになる必要なんてない。守ってあげればいいのだから。諦めさせようと酷いことをたくさん言った、酷いことをたくさんした。これは当然の報いだ。あの日なまえを助けられなかったことへの後悔、そして弱さが自分にこんなもしもの光景を見せているのだとずっと思っていた爆豪は轟の言葉を嫌がらせだとしか思えなかった。轟が違う、本当にと言っても信じようとしない。そこで突然麗日がポツリと呟いた。


「私も、なまえちゃんとお昼ご飯食べてるところ、初めて会ったとき見えたよ」


爆豪がテメェまで……! と文句を言おうとすると、次から次に声が上がり始める。


「ウチもさ、実は見た。イヤホンジャックかっこいいねって言ってくれたんだよ」
「実は、私も……私のお茶を美味しそうに飲んでくださいましたわ」
「俺もなまえくんが兄のことを嬉しそうに語っていたのを見た」
「黒影を大切に愛でてくれていた」
「なまえちゃん 、私のお友達になってくれたわ」


クラスメイトが轟の口からなまえの名前が出たとき、単になぜ今その名前が出たのかと不思議に思っていたわけではない。なまえが雄英にいる光景を幻であれなんであれ全員が見ていたから戸惑っていたのである。


「爆豪、皆があいつがここにいた光景見てるなんて、そんな偶然ほんとに有り得るのかよ……なまえが敵側に行ったこと後悔して、それで終わりかよ」
「……終わりなわけ、ねえだろ」


切島の言うことに眉をひそめ爆豪は大きく頭を振った。


「なんでなまえが雄英にいるところを全員が見てるのかは知らねえ。……けど関係ないって切り捨てるわけにもいかないだろ。今からでも遅くない。取り戻そう、なまえを。敵連合とかいうやつから」


敵連合はいつかまた仕掛けてくるはずだ。こちらから仕掛けたい気持ちは十分あるが勝手な行動は自分たちの首を絞める結果となってしまうだろう。轟の言葉にうんと頷いたA組。爆豪も轟から手を離し、一歩下がると地を這うような声で言う。


「あんなクソカス連合に、なまえを捕られたままでたまるかよ」


全員で顔を見合わせて頷く。1年A組はなまえという一人の少女のために結束を高めた。







『弔くん』
『なんだ……いきなり抱きつくな』
『私、弔くんから絶対離れたりしないからね……』
『今まさに離れろ』


また誰かにからかわれて心細くなったのかなまえが死柄木に抱きつく様子が画面に映し出される。先生ことオール・フォー・ワンはそれにふっと笑って口を開いた。


「平行世界を知ってるかドクター」


ドクターと呼ばれた人物は訝しげにオール・フォー・ワンに目をやりパラレルワールドのやつかと答える。その答えにオール・フォー・ワンは満足気に頷いた。


「この世界とは別に、分岐されている世界がある。なまえはここ以外の分岐された世界ではヒーローとして僕たちの前に立ち塞がっているんだよドクター。この世界の僕がパラレルワールドをみることができる"個性"を手に入れたおかげで、オールマイトの次の後継者となるべきだった彼女をこちら側に迎え入れることができた」
「まあパラレルワールドはその日から数日間をみることができるだけで、みたとしてこの世界も同じ道を辿ることになることのが多いがな」
「全く違う道さ。使えない"個性"だと思っていたが十分使える"個性"だ。奪って正解だった」


『弔くんやっぱり私のこと嫌いなんだ……』『おい……誰だなまえにまた変なこと吹き込んだ奴は……』アジトはわいわいと騒がしい。なまえもすっかり敵連合の仲間として受け入れられている。


「さて。これからはどんな未来が待っているのか、楽しみにするとしよう」


なまえのことはもちろんだが、死柄木のことも。これからも先生として見守っていこう。オール・フォー・ワンの楽しそうで不気味な笑い声が部屋に響いた。


凍えることすら一人では上手にできなくて



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