やっぱり自分は"個性"ホイホイなのかもしれない。轟から逃げてしまって三日。なまえはまた"個性"にかかってしまっていた。今回も結構やっかいなものだ。


「なまえちゃん、おはよー!」


――なまえちゃん最近元気ないなぁ……心配や

麗日に挨拶と共に肩を叩かれた直後、頭の中に彼女の声が響く。轟は思ったことを言ってしまう"個性"だったが、なまえは触った人の考えたことが読める"個性"にかかってしまったのである。人の心を読んでしまうなんて"個性"、まさか自分がかかるとは思ってもみなかった。とりあえず自分からは人に触らないようにしようと心に決める。麗日は挨拶を返さずびっくりした様子で見てくるなまえに小さく首を傾げた。


「なまえちゃん……? もしかして気分悪い? ……何かあった?」
「う、ううん! 違うよ、大丈夫っ」
「………」


元気がないと気づかれていることに驚いただけだ。原因は言わずもがな轟である。逃げてしまった。"個性"ではなくきちんと自分の意志で想いを告げてくれた轟から。少しずつ視界がぼやけていくのがわかって慌てて俯く。ダメだな、オールマイトにも泣き虫については言われているのに。麗日はそんななまえにもしかして……と思い抱きしめると問う。


「……轟くんかな……最近話してないし。何かあった、よね?」


――わかってたけど……悔しいなあ

自分で思っていたよりも弱っていたようだ。なまえは微笑みながら優しく頭を撫でてくれる麗日に全てを話す。麗日が何に悔しがっていたのか、聞くことは叶わなかった。







「麗日から大事な話があるって聞いて来た……」
「麗日さんッ!!」


なまえちゃん放課後教室で待ってね大丈夫私に任せて! あの後そう早口でまくしたてられて頷いてしまったが、なるほど無理にでも二人きりにさせる作戦だったか! 三日前もこうして教室に二人きりになった。しかし今日は心の準備がほしかったと思う。自分の席に座ったままなまえはスカートのしわを意味もなく伸ばした。そうでもしなければまた逃げてしまいそうだったからだ。


「……悪ぃ」
「えっ」


突然謝られて轟のほうを向けば特に表情を変えず床を見つめている。すぐに告白をしたことだとはわかったが、中々かける言葉が出てこない。


「困らせるつもりはなかった……忘れてくれ」
「あの……っ」
「忘れていい。前みたいに話してぇ。好きなんて言っちまって……悪い」


また明日から、たくさん話そう。轟が背中を向けて帰ろうとしている。なまえは必死に考えた、どうして自分は轟から逃げ続けていたのだろう。……怖かったから? 何を怖がっていたんだっけ。今の関係を壊すこと……? それなら逃げてしまっていたこの三日間の態度そのものが関係を壊す原因になっていた。違う、怖かったんじゃない。じゃあどうして……。


「またな」


轟が行ってしまう! なまえは思考を中断して咄嗟に立ち上がり轟の腕を両手で掴んだ。目を見開いてなまえを振り返る轟に、なまえはすぐ後悔した。今の自分は"個性"のせいで触れれば心の中を読んでしまう。自ら触れないと決めたというのに。もし轟が嫌気を差していたらどうしようと不安になった直後、声が聞こえた。

――逃げられても、好きだ

思わず勢いよく離れてしまったなまえは深呼吸をする。そして震える右手を伸ばして轟の指を握った。頭上から「なまえ?」とまさか心を読まれているとは知らない轟の少しばかり戸惑った声がする。なまえは聞き逃さないようにゆっくりと目を瞑った。

――きっと思いを伝えて嫌われた
――友達に戻れるのか
――好きだ……
――これからもなまえだけが


「そっか……私……」
「? なまえ」
「私ね……自分の気持ちと向き合わなかったの……」


五年後に行ってしまったとき大人の轟に言われた「自分の気持ちを信じろ」という言葉を思い出す。そもそも自分の気持ちが理解不能だった。友達と真実を言われただけで傷ついたり轟の言動にドキドキしたり。誰かに恋をしたことがなかったから、正直今でもよくわからない。


「ごめん……轟くん……轟くんから逃げちゃって、ごめんね」
「いや……俺が好きなんて言ったからだろ。なまえは悪くねえ」


好きなんて、と言わせてしまっている。悪いのは自分だとなまえはかぶりを振った。


「私……多分轟くんが好きだよ」
「……なまえ。俺に合わせなくていい。友達のままでいてくれたら、それで」
「友達のままは嫌だって思ってる私がいるんだ……」
「……?」
「嫌だったわけじゃないの……好きって言ってくれたこと。嬉しかったけど、私の気持ちまだぐちゃぐちゃしてるから……すぐに答えが出せなくて……あのね、だから」


轟くんのこと、この先嫌いになることなんて絶対ないよ……。轟は沈黙の後なあと口を開いた。


「嫌いじゃないなら……これからも好きでいていいか」
「……うん」
「なまえの気持ちが整理されるまでずっと待つ。待つから……」
「……うん」
「期待……してもいいか。なまえ」
「っ……うん」


なまえは笑みを浮かべつつも眉を下げ泣きそうな顔で轟を見つめる。轟も微笑でなまえに応え、一日は過ぎていった。







「あれ? お前ら仲直りしたのか。よかったなー轟!」
「ああ。よかった」


次の日隣を歩いて一緒に登校すると教室前の廊下で一番に話しかけてくれたのは切島だった。轟に親指を立てると切島は教室の戸をガラリと大きく音を立てながら開け叫ぶ。


「なあ! なまえと轟、仲直りしたってさ!」


なまえはぎょっとして慌てる。この調子だと自分が轟を避けていたのがケンカだと思われていて、しかもそれをクラスメイト全員が知っていたようだ。ただ仲直りも何もケンカはしてないし轟は何も悪くない。


「誤解解かなきゃ……」
「まあいいだろ。仲直りで」
「……そう、だね。いいか、仲直りで」


轟が気にしていないならそれでもいいのだけれど。なまえは教室に入ってすぐある人物を探した。何やら周りがおめでとう! と騒がしいが一体なんのお祝いだろうか。今日は誕生日の人はいなかった気がするが……。


「なまえちゃん、轟くん。おはよう。よかった、ちゃんと話し合えたみたいで」
「あ、麗日さん!」
「おはよう麗日」


探していた人物、麗日が登校しなまえは遅れて挨拶を返す。昨日はありがとうとお礼を伝えると照れた様子で「やだなぁ友達なんやから!」と手をパタパタと上下に振っていた。


「それにしても予想はしてたけど皆すごい祝福ムード全開だねー」
「祝福って?」
「そういやなんでこんな盛り上がってんだ」
「何照れてんだよ! ようやく結ばれた二人の祝福に決まってんだろー?」


瀬呂が興奮しながら言うがなまえと轟はお互い目を合わせるだけだ。轟はスッと手を上げて皆から発言の許可をもらってから否定した。


「付き合えてはねえぞ」


いえーいと腕を上げていた芦戸や上鳴も、二人を笑顔で見ていた麗日も、興味がなさそうに机に足を乗せていた爆豪も、全員が一斉に凝視した。


「普通ケンカのあと仲直りしたらカップルになるじゃーん。轟くんてば何やってんのもーう」
「そうなのか」
「私たちケンカしてたわけじゃ……」


葉隠の抗議になまえは何を言えばいいのか言葉を探そうとする。したのだが。


「近いうちに付き合えるよう頑張るつもりではいる」


女子の悲鳴に近い歓声と男子の応援がうるさく響き渡った。なまえは一気に頬を赤くして轟を見つめる。麗日に「なまえちゃん」と呼ばれ頬を押さえながら目を合わせた。


「ファイトっ私なまえちゃんのこと好きだから、応援してる!」


大切な友達にまで応援されたら早く答えを出さなきゃと思う。だが轟が見透かしたように「なまえのペースでいい。ゆっくり俺のこと考えてくれ」と言うものだから堪らない。二人が付き合うまであと何日を要するのだろう。麗日がそんなことを考えているだなんて露も知らないなまえは轟くんっ! と恥ずかしがりながら怒っている。麗日はそんななまえを見ながらクスリと笑った。


触るとその人の考えが読める!



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