「次は轟か」
「みてぇだ」
「とっ轟くん大丈夫?」
「なまえ……結構平気だ。心配ありがとな」


常闇の問いに頷き、なまえの心配に大丈夫だと安心させた轟は特にいつもと変わることなく自分の席に座った。次、というのも今回なまえではなく轟が『思ったことまで口にしてしまう"個性"』にかかってしまったらしいのだ。挨拶をしたついでに轟が"個性"にかかったというから全員とても驚いていた。


「いやぁ正直私またなまえが"個性"かかっちゃうと思ってたよ」
「ええっ!?」
「私もー! "個性"ホイホイだったもんね!」
「"個性"ホイホイて」


芦戸がはしゃぎながらなまえの肩に手を置いて言えば葉隠がうんうんと同意した。その言葉に耳郎が笑うとなまえはあからさまに落ち込んだ。言われてみるとたしかに"個性"にかかりすぎていた。なまえが気をつけなきゃ……と拳を握りしめていると、視界の隅で丸い頭が轟の席のほうへ動いていくのに気づき顔を向けた。正体は峰田だったのだが、にやにやしながら何やら雑誌を持っていて嫌な予感しかしない。


「轟ぃ……これ見てみろよ」
「?」


轟の隣の席である八百万は雑誌の中が見えたようで低俗な! と言い怒っていた。中を見ずとも表紙で察することはできる。峰田が広げて見せていたのはいわゆるグラビア雑誌だった。なまえは頬を押さえて顔を赤くさせながらひゃああと声にならない声を出す。麗日はなまえの様子を見て峰田くん! と大声を上げた。


「ほんっとそういうのやめて! なまえちゃんに悪影響しかないよ!」
「轟に感想を聞くまでオイラはやめない!」
「こんな肌晒して寒くないのか?」
「それだけかよ!?」
「? 他に何かあるのか」
「お前本当につまらない男だよ轟!」
「つまらないことしてるのは峰田ちゃんよ」
「だね」


どうやらグラビア雑誌を見た轟の声を思ったことを口にする"個性"を利用して聞き出そうとしたらしい。峰田はこのあと蛙吹の舌と耳郎のイヤホンジャックによってボロボロにされていた。自業自得である。

そして轟が"個性"で困ることは一切ないまま放課後になった。なまえが荷物を鞄に詰め終えたころには教室は自分と轟しかいなくなっていて今日は皆帰るの早いなと思っていると教室に残っていた轟に「なまえ」と呼びかけられる。立ち上がったところだったため体ごと轟のほうを向きどうしたの? と問いかけた。


「今から帰りか?」
「うん。あっ一緒に帰る?」
「いいのか」
「もちろんだよ」
「……嬉しい」


轟が本当に嬉しそうに頬を微かに緩ませるからなまえは照れてしまう。誤魔化すように轟の腕を引っ張ると「嬉しいけどいてぇ」とまた笑みを浮かべた。なまえはどうして心臓がうるさくなるのかわからず落ちつくまで下を向くしかなかった。


「轟くん基本的に言いたいことは言うからその"個性"意味なかったかもね」
「……なまえにかかったらどうなっただろうな」
「や、やめてよ……いつごろ"個性"消えるの?」
「今日いっぱいはかかりっ放しらしい」
「そっかあ」


他愛もない話と共に足も進めていく。ふとなまえは峰田にグラビア雑誌を見せられたときの轟を思い出した。真剣にじっと見つめた上でのあのセリフだったわけだが。


「轟くんって……その、女の人に興味ないの?」
「どういう意味だ?」
「ほら、峰田くんが見せた……こう……綺麗な体の女の人……うーんと、っ何言ってるんだろう私」


恥ずかしくなってしまい口を閉ざす。これ以上は自分でもわからない感情を轟にぶつけてしまいそうだ。なまえが何でもないよっと告げるより先に、轟が呟いた。


「俺はなまえが好きだからな、他の女には興味な……あ」


轟はぱっと手で口を押さえて眉をひそめる。声に出すつもりはなかった言葉だったからだ。なまえは立ち止まりしばらくぽかんと同じく立ち止まる轟を見上げていた。言葉の意味を理解した瞬間心臓を握り潰されたのではと錯覚するほどに苦しくなり服をぎゅうと握りしめる。ありがとう、私も轟くんのこと好きだよ。友達としてそう返してあげなければいけないのに。だが、先ほどの轟の言葉は友達としてではなかった。


「……この"個性"俺に意味あったみてぇだ」
「っ轟くん……」
「なまえ。好きだ。女として」


そのあとは口を押さえてもごもごし出したので、おそらくは思ったことを言葉にしないようにしているのだろう。なまえは轟に突然思いを伝えられて頭が真っ白になってしまった。いつからだろうとか、自分のどこを好きになったのだろうとか、嘘ではないのか……とか。色んなことが頭をぐるぐるして結局はしゃぼん玉のようにぱちんと消えてしまう。


「いきなり言われて困るかもしれねぇ。でも本当に好きなんだ。付き合ってくれねえか、俺と」


何もかもわからなくなってしまって、自分の思いさえもぐちゃぐちゃだ。なまえはこの日、轟から逃げた。文字通りの全力疾走である。

――轟は追いかけて来なかった。


思ったこと言っちゃう!



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