「渡我なまえさんだね」


雄英会議室には塚内と名乗る警察の人と、出久くんの部屋にあったポスターの人がそこにいた。その人、オールマイトさんはHey! と片手を上げて挨拶をしてくれる。軽すぎる挨拶に「どうも」としか返せなかった。


「そうですが」
「ずっと探していたよ。我々警察はもちろん、君のご両親も」


私は隣にいてくれている出久くんからの視線を感じながらも、ただ無表情で二人を見上げていた。まさかこんなに早く母親が見つかるとは。くるくると跳ねた髪の毛を指に巻きつけながら彼らから視線を逸らす。きっとこのまま私は両親と会うことになるのだろうな。いざ出久くんとしばらく会えなくなるとわかったら胸が空っぽになった。……寂しいなあ。するとまるで大丈夫だよとでも言うように出久くんの手が私の手に重なる。びっくりしたけれどたったそれだけで胸がぽかぽかした。大好きな出久くんともっといるためにも両親と会って、話をしなければ。私を探していたということから前世の母親よりはましだと思いたい。


「わざわざ雄英でなくてもよかったんだけどね。たまたま近くにいたものだからオールマイトに無理を言って会議室を使わせてもらったんだ」
「はは。構わないさ」
「……ところで渡我なまえさん。一つ確認がしたい」


笑顔から一転真剣な表情で私を見つめる塚内さんに私は目を瞬かせた。


「記憶喪失というのは、本当かい?」


出久くんから聞いたであろう真実を頷くことで肯定する。なぜそんなことが気になるのかと私の代わりに出久くんが尋ねれば「いや」と首を左右に振った。


「なんでもないよ。ごめんね、変な確認だった」
「……いえ」


何もないならなぜ確認を取ったのだろう。なまえさんと名前を呼ばれて出久くんを見れば手に何かを握らされた。なんだろうと手を開けばそれは小さく千切られた紙で、ボールペンで書かれたであろう数字やアルファベットが並んでいる。私は目を見開いて出久くんを見上げた。


「落ち着いてからでいいから、連絡くれると嬉しい。その、待ってるから」


出久くんの、メールアドレスと電話番号。それが何よりも大切なものに思えて私はぎゅっと紙を握りしめた。お礼を伝えなくちゃ、返事をしなくちゃ。そう思っているのに上手く言葉が出てこなくて私はごくりと唾を飲み込んだ。


「私、『お母さん』と、ちゃんと話しますね」


にこりと自然と口角が上がり、出久くんも笑みを返してくれる。塚内さんたちが見守る中で私と出久くんは再会を約束したのだった。







「なまえちゃんっ、なまえちゃん!」
「んん……くるしい」
「ごめんねえ……あなたのこと、ちゃんと見てあげられなくてごめんねっ」


私をきつく抱きしめてくる女の人が、この世界での母親だろう。母の名前を呼びながら肩に手を置くこの人が父親だろうか。あれから出久くんと絶対また会いましょうとさよならをして別れ、警察署で両親と再会した。もちろん記憶がないので感動の再会なんてものは私になかったけれど、これからまともに生きなければ出久くんと会えない。やっと離れてくれた涙目の母親と傍らで同じく涙ぐむ父親にただいまと呟く。また泣かれてしまった。


「あなたのママとパパよ。これからはずっと一緒。家族三人で――普通に生きましょう」


そこで、私はぞわりと背筋が寒くなるのを感じた。母親の普通という言葉を聞いた瞬間、体が見えない何かで拘束されているかのように錯覚する。なんだろう。私はずっと、普通に苦しんでいたような気が……。でも、普通でいいんだよね? 出久くんと一緒に生きられるなら、普通に生きられるよ。


「はい」


両親は家に帰っている間ずっと色々な話を聞かせてくれた。もしかしてこの世界での私はただ家出をしただけなのかな、と考える。警察の人の目が消えても殴ってこようとしないし、口調も優しいままだ。この人たちが原因で出て行ったとは今のところ思えない。


「おかえり、なまえちゃん。記憶がないのは不便でしょうけど、ママたちがちゃんとなまえちゃんをサポートするからね」
「安心して過ごすといい」
「……ありがとうございます」


いつの間についていたのか、一戸建ての家へ入れば玄関先でまたもや母親に抱きしめられた。行方不明だったのだから普通の母親ならこれくらいの接触は当たり前なのだろうか。前世の母親のせいで比較ができない。


「なまえちゃん」


母親は私の頬を両手で包むと、念押しするかのように告げる。


「普通に過ごしましょうね」


私は何も返すことができずに、ただ頷くことしかできなかった。







「ところで塚内くん……少女の記憶喪失について、何か気になることでもあったのかい?」
「……実は、部下から聞いた話だと娘の記憶喪失を知ってなぜか母親たちがほっとしていたらしくてね。ちょっと気になったんだ」


再会が、遠くなる。


11.夢にはいつも終わりがあって



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