一緒に生きよう。同じ言葉なのに前より心に響いたのは、多分出久くんの存在が私の中でそれほどまでに大きくなったことが原因だろう。

好きになっちゃった、のだと思う。絵本の王子様を出久くんと重ね合わせて、死ぬまでにやりたいこととして彼と結ばれることを願った。でもよく思い出してみると、出久くんに出会ってから新たに死ぬまでにやりたいことを考えたことなんてない。彼に出会った瞬間から私の死ぬ道は生きる道へと変わっていたのだろう。

嫌わないでほしい、私を愛してほしい。少しずつではあるけれどそんな気持ちが胸を占め始めていた。出久くんと結ばれたあとも死なずに一緒にいたいと自分から思う日がくるなんて驚きだ。

出久くんから母親についての問題をどうにかしなくちゃいけないと言われ、どういうことだと答えるのに少し間が空いてしまった。そういえば出久くんには前世のお母さんについては話したが、この世界の母親に会ったことはないと言ってなかったのを思い出す。……全部、出久くんに話してみようか。前世の記憶を持っていますって。信じてくれるのか、そんな話。さすがの出久くんでも前世なんてもの信じてはくれないだろうか。……でも"個性"なんて信じられないものがある世界だし、前世くらいどうってことないのかな。ずっと黙っていては困るだろうと本当にずっと一緒にいてくれるのかと問う。質問に出久くんが大げさなくらい頷くものだからおかしくなって笑ってしまった。

とりあえず生きようと思う。死ぬのはやめた。死んでしまったら出久くんに会えなくなって、出久くんが悲しんじゃうから。……それから、前世について話してみよう。出久くんは優しいから、きっと信じてくれるはずだ。よし、と意気込んで口を開いたそのときコンコンとノックがされる。……言いそびれた。


「お母さん」
「いいいらっしゃいよかったらこれどうぞ」


あ、出久くんのお母さんだ。お母さんはなぜか挙動不審に震えた手でお皿に乗ったりんごを出久くんに手渡す。……丸々一個のりんごだった。


「包丁までついてるけど……僕が切ったほうがいいのかな」
「あっ! ご、ごめん出久! もしかして、なまえちゃん本当は彼女なんじゃないかって思ったらつい……切るの忘れちゃった」


腕動かせないわよね、と続けたお母さんに出久くんはリハビリとしてやるよと慌てる。多分何も言ってないのに彼女発言されて動揺したんだろうな。


「その……お母さん、お出かけしたほうがいい?」
「本当にそんなんじゃないから……! 大丈夫だから……!!」
「ええー」
「なまえさんもそんな残念そうな声出さないで……!」


お母さんが出久くんに謝ったあとでゆっくりしてってねと私に微笑みかける。はーい! そう元気に手を上げて返事をすればお母さんはにこやかに部屋のドアを閉めた。


「私切りましょうか」
「なまえさんりんご切れる?」
「ざく切りは得意です」
「……僕やるよ」


りんごを切るのに苦戦している出久くんに、私はお母さんに遮られた話をしようと姿勢を正す。突然黙った私に出久くんは一度顔を上げて見つめてきた。


「どうしたの? りんご嫌いだった……?」
「いえ。出久くん」


話す前に深呼吸を繰り返して心を落ちつかせる。なんで前世について話すだけでこんなに緊張しなければいけないんだ……。私はああもういいやくらいの気持ちでまくし立てた。


「私死んだ記憶があるんですよ母親に殺されたと思ったらこの世界にいたので一週間ちょっと前からこの世界での記憶がなくて記憶喪失って言われたらそれまでっていうかまぁつまり前世の記憶を持って今世は高校生からの記憶しかないってことでいや高校には行ってないですけどあー息吸いたいです」


出久くんの全く変わらない表情に言葉を止めようとしたが、もうここまで言ったら止めるわけにはいかない。


「だから出久くんに話してた私の母親は全部前世の母親のことで、この世界の母親には会ったこともないんです。前世じゃ"個性"なんてものなかったし、ヒーローもいなくて皆"無個性"なのが当たり前の世界でした。この世界に来て自分がお金と手鏡、中学の学生証だけを持ってる状況からこっちの母親もろくな奴じゃないことがわかったんです。この世界でも誰からも愛されない人生ならやりたいことやって死んじゃえばいいかなって」


言いたいことはポンポン出てくるのに、気持ちの整理がついていない。これ言ってよかったのかな。というか私、出久くんにこんなこと言ってどうしてもらおうとしたんだっけ。何やってんだろと思わずため息をついてしまう。


「……じゃあ、この世界でのお母さんについて調べなきゃね」


もしかしたら本当に記憶なくなる前のなまえさんに酷いことしたのかもしれないし。たしかめなきゃ!

片手に包丁、片手にりんごという姿で出久くんは張り切っていた。「何言ってるの」というリアクションを予想していた私は呆気にとられる。こんなあっさり信じてくれるものか……? 出久くんなら信じてくれるとは言ったけれども。


「そんな、簡単に信じられる話でしたか」
「信じられない話ではあるけど、ありえない話ではないから」
「……ありえない話でもあると思います。なまえさん電波だね発言は覚悟してました」
「だってなまえさん、僕に嘘はつかないって言ってくれたから」


きれいに笑う出久くんが太陽みたいだと思った。ありがとうと呟けば出久くんは頷く。


「オールマイトに連絡してみるよ。警部さんに会えるか聞いてみる。その警部さんに調べてもらおう、お母さんのこと」
「……はい」


オールマイトって人がナンバーワンヒーローで雄英の教師をやってることは知ってたけど、生徒が先生の連絡先持ってるって普通のことなのかな。出久くんはりんごより連絡を優先させることにしたらしく、包丁を元あった場所に戻そうと手を動かす。ギプスをしていたためかうまく持てなかったらしい。包丁を落としてしまいその拍子に出久くんの指が少し切れてしまった。


「った……切れちゃった」
「大丈夫ですか出久くん」
「あはは……ごめん。大丈夫だよ。このくらいの怪我舐めれば治るっていうし」
「そうですか」
「!?」


切ってしまった指を舐めると、口の中に血の味が広がる。不思議と不快感はなくて体に血が馴染んでいく感じがした。ちらりと出久くんを見るとりんご顔負けに顔を真っ赤にしていた。前もりんごを例えに出したけど本物があるとわかりやすい。


「すみません……舐めれば治るって言ったので」
「だ……っよね……僕のせいだから……なまえさんは悪くないから……」


顔ごと逸らして唸る出久くんをとりあえずそっとしておく。応急処置をした出久くんはそのあとすぐオールマイトさんに電話をしてくれた。オールマイトさんが電話をもらった直後に警部さんに連絡を取ってくれたみたいだ。しかしなぜかメールで今すぐにでもと返事をもらったらしく、出久くんと二人で顔を見合わせた。


「私服でいいって……雄英会議室集合って書いてある」
「……何か知ってるんですかね」
「さ、さあ……えっと、とりあえず行こう」


出久くんはお母さんに外出の説明をしてくると言って手のつけていないりんごと包丁を持ち部屋を出ていく。ずっと一緒にいたいけど、いられるかな? することもなかったため、出久くんが戻ってくるまで壁一面に貼られたオールマイトさんのポスターを眺め続けた。


10.花片と落丁



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