持っていたタオルを落としこの世の終わりでも見たかのような顔でお母さんが玄関前で立ち尽くした。誰かが遊びに来たからというより、この顔は多分……。


「い……っ、出久が……女の子を家に……!」


誰の邪魔も入らない場所を考えたら僕の家しかなかった。お母さんにすぐ帰ると言った手前帰らないわけにもいかないし……。でもさすがに驚きすぎでは……? ……いや、女の子に話しかけられただけで赤くなっていた僕だからこの反応は正常だよね……。


「……出久くんのお母さんですか?」
「あ……」


し、しまった……。もし母という存在が苦手だったら……と考えた瞬間なまえさんはいつも僕に見せてくれるような笑顔でお母さんの手を取った。


「はじめましてなまえっていいます! 出久くんのお母さんに会えるなんて嬉しいです!」
「え? え、ええ……。いらっしゃい……なまえちゃん、出久のお友達……?」
「はいっ。あ、でも私がなりたいのはこいび」
「なまえさん遊びに来てくれたんだよっ遊ぶのは僕の部屋でいいよね!」


落としたタオルをリハビリがてら左手で拾いお母さんの手の中に戻してからなまえさんの背中を押して部屋に急ぐ。恋人なんて単語をお母さんが聞いたらナイアガラの滝のように涙を流すことは間違いない。昨日泣きまくって脱水症状を起こしたお母さんにこれ以上涙を流させるわけにはいかないのだ。それに、僕自身すごく恥ずかしい。


「おじゃましまーす」
「うん……」


なんだか部屋に招き入れるだけでどっと疲れが押し寄せた。オールマイトのポスターを興味津々といった様子で眺めるなまえさんにいきなり家に誘ってごめんと謝罪する。


「いえいえ。急に誘われたのはびっくりしましたけど 、友達のお家に来たのは初めてだから嬉しいです! だけどずっと友達は嫌なのでそろそろ付き合いましょう出久くん」
「とにかく、座って……!」


床に座ろうとしたなまえさんに椅子に座っていいよと勧める。なまえさんはそっちは出久くんがどうぞとベッドに腰かけた。


「……枕に顔埋めたら怒りますか」
「やめて!?」


ふうと息を吐いて僕も椅子に座りなまえさんと向かい合った。口元に笑みを浮かべているなまえさん。おそらく僕の笑顔はひきつっているだろう。


「出久くん、今日様子おかしいですよ。疲れてるのでは? もっといたいですけど、私帰りますよ」
「ち、違うんだ……なまえさんと、話したくて」
「?」
「これからのこと……とか。色々」
「……ああ」


その言葉で察したらしい。なまえさんは少し顔を俯かせる。シーツを掴んだり離したりを繰り返しているなまえさんに話しかけた。


「ねえなまえさん。今でもまだ死にたいって思ってる……?」
「……どう、なんでしょうか。出久くんに一緒に生きようって言ってもらえたあの日から、生きたいのか死にたいのかわかんなくなりました」


出久くんとなら一緒に生きたいって思ったんです。でも一人じゃ生きていけないじゃないですか。足を片方ずつ前後に動かしながら小さく呟く姿は迷子になった子どものようだった。


「楽しいことも嬉しいこともたくさん起きて、出久くんに毎日会える今が幸せで仕方ないのはわかるんです」
「……そっか」
「一緒に生きようって言ってくれた日、私出久くんに嫌われたら他にやりたいこと探そうって思ったんです。でも今はそんなこと思えない。私、出久くんに嫌われたくないです」


僕の一緒に生きよう発言が魔法の言葉だったと語るなまえさんの目に嘘はない。


「嫌いになんてならないよ。絶対。勢いで言ったものではあるけど、生きてほしいって本当に思ってる。生きてくれなきゃ、もう会えなくなる……」
「出久くん……」
「まだまとまってないんだけど……これからも一緒にいるには多分、なまえさんの母親の問題をどうにかしなくちゃ……って思う」
「母親の問題」
「オールマイトの知り合いに警部さんがいるんだ。その人ならきっとなんとかしてくれると思う。毎日は会えなくなるかもしれないけど、全部解決したらまた会えるようになるよ。警部さんのことが信じられないなら、僕を信じて……なまえさん」


沈黙してしまったなまえさんに不安になった。……僕の言葉は届かなかったのだろうか。


「――ほんとに」
「っ!」
「私とずっと一緒に生きてくれますか」


うん! と大きく頷いた僕になまえさんは破顔する。言葉が届いた……ってことで、いいの……かな。なまえさんは心の底から笑っていた。それが答えだ。

コンコン。丁度いいタイミングで僕の部屋にノック音が響いた。


09.さわれない聲の手触り



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