「えっ出久その体で出かける気なの……!? 安静にしてなきゃ……!」
「大丈夫だよ。すぐに戻ってくるから」
「……本当に? すぐよ?」
「うん」
「なら、いいけど……行ってらっしゃい」
「行ってきます」


体育祭から一日経った今日、僕はお母さんの心配の眼差しを背中に受けながら外出した。体育祭後二日間は学校は休校となる。しっかり体を休ませるための休校だとわかっているが、どうしても出かけなくてはならない理由があったのだ。


「なまえさん」
「? 出久くん!」


やっぱりここにいた。海浜公園に辿り着いた僕は海を眺めて立っている女の子に声をかける。僕が学校を休む二日間はバイトがないことを昨日聞いていたから、なんとなくここにいるんだろうなとは予想していた。

彼女――なまえさんに会ったのは一週間とちょっと前のことだ。学校に忘れ物をしてしまった僕は路地裏に消えていく一人の制服を着た女の子とスーツ姿の男性を見かけた。それだけなら家族と勘違いしていただろうが、女の子……つまりなまえさんがお札を笑顔で握りしめていたことに違和感を感じた。こっそり後をつけてみればなまえさんがふ……服を脱がされそうになっていて……咄嗟の判断ではあったが嘘で男を退けることには成功した。それから僕となまえさんは毎日顔を合わせている。なまえさんは僕を王子様と言い、死ぬまでにやりたいこととして僕と付き合いたいらしい。名字を明かさず、母親はいるのかすらわからないと自分で口にしたなまえさん。なまえさんの母親は色々な男の人と付き合い、なまえさんに外出を許さなかったという。僕が思うに多分なまえさんは家出だ。昨日の麗日さんと初めて会ったときの最初の怯えようも尋常ではなかった。別れ際麗日さんが再度謝ると、「自分と歳があまり変わらない女の子で私に優しくしてくれたの、お茶子ちゃんがはじめてです」と大して気にした様子も見せず言っていた。親には愛してもらえず、おそらくは学校でも味方がいなかったのだろう。どこにも居場所がなかったのだろう。だから、死にたいだなんて思ってしまったのだろう……。


「もしかして朝からずっと待ってた……? 僕が来なかったらどうするつもりだったの?」
「来てくれるって信じてました」
「過大評価がすぎる……!」


守ってあげなきゃ、と思った。自己満足なのはわかっているし、警察でなくても誰か大人に相談するべきなのはわかっている。でもなまえさんは今とても不安定だ。もし今の状態で母親に会ったらきっとなまえさんはまた死にたいと思ってしまう。そんなのダメだ。せっかく生きてほしいということを伝えた帰り、「生きてみたいって、ちょっとは思えました」と言葉をもらったんだから。僕はなまえさんに生きてほしい。なまえさんに生きる意味を教えてあげたい。会ったばかりの女の子にこんなことを思うのは変だろうか。今でもまずいけれど、今以上にこのままではまずいと判断したらすぐにオールマイトか相澤先生辺りに相談してみようとは常に思っている。とりあえずなまえさんと母親以外のことでたくさん話をして信用をもっと築いて、生きたいと思ってもらえるようにしなきゃ。生きてほしいと口で言っても心からは信じてくれないだろうから、行動で示すんだ。


「体育祭も終わりましたし、これからはどんな口実なら出久くんは私と会ってくれますか?」
「口実なんてなくても会おうよ。まだたくさん話したいことあるし。ね?」
「出久くん……!」


僕となまえさんは話が足りていない。一緒にいる時間も足りていない。話す機会をたくさん作らなくちゃいけないんだ。


「あっそうだ出久くん。次会ったら言おうと思ってたことがあって」
「?」
「バイトやめました。風船配り」
「ええ!?」


いきなり重大なことをサラリと告げられて目が飛び出るかと思った。えっ、ど、どういうことだ……!?


「ホテルの近くにバイト先あるんで通るんですが、昨日帰ってるときお店の人に呼び止められまして。住所電話番号偽装したのバレてやめさせられました」
「なんで偽装したの……!」
「私この県よりもっと遠いところから来ましたし、素直に持ってる学生証の電話番号書いて親に連絡行ったら嫌じゃないですか。……まあ、いるのかわからないですけどね」
「待って……うわあ、まずい状況がこんなに早く……!」
「別にバイトならまた探すから気にしないでくださいよ出久くん」


なんだか色々考えていたけれどオールマイトに頭をグーで殴られたみたいに頭が晴れた。オールマイトにそんなことされたら脳みそが無事で済むのかはさておき。僕と同じくらいの女の子がバイトしてホテルに泊まってること自体やばかったよね……そうだよね。何がこのままではまずいと判断したらだ。これ以上にまずいことなんてないだろう。でも……。


「次どんなのにしましょう? いいのあるといいんですけど」


……腹を括るんだ緑谷出久。


「なまえさん」
「はい?」
「真剣な話、しよう」


どうやら楽しくおしゃべりする時間はあまりないようだ。早いが、もしかしたら僕の言葉なら耳を傾けてくれるかもしれない。淡い期待だがかけるしかない。ひとまず。


「あれ緑谷くん?」
「ほんとだ、体育祭で指やばい色させて戦ってた男の子」


場所を変えよう。


08.あなたの檻に触れる



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