季節は巡る。どこでなにがあろうと、だれの想いが渦巻こうと。
どんなに止まって欲しいと、願っても。
時はいつでも平等で、残酷だ。
そんな三文小説の常套句のようなことばは、それでも今の私のこころの内を表すには、なによりも的確に思えた。
《桜咲く、その前に》
一瞬、睦月くんがなにを言っているのかわからなかった。
冬の寒さは、体の丈夫に自信のあるものにさえ厳しさを発揮するのだ、睦月くんにとってはそれも一入で、会える機会など極端に減ってしまっていた。
それでも文のやり取りは変わりなく続いていたし、その内容もいつも大きく変わることのないもの。閉鎖的な空間であるこの村にいて、大きな出来事などそうそう起こりようがないし、なにより、私自身、何気ないようなことでも文に認めてくれるそのことが嬉しかった。
だから。だから、なにも疑わなかった。なにも、気付かなかったのだ。
「儀式を行うふたごが、俺たちに決まった」
頭を殴られたような衝撃とは、このようなことをいうのだろうか。瞬間的に理解したくないと本能が叫んだのか、ことばをことばとして捉えることを拒否するように、頭の中が真っ白になる。
睦月くんは、今、なにを言ったの。
冬の厳しさの和らがない今日。いつもの邂逅場所である桜の木も、曝された裸体に真白な雪を降り被り寒々しい。それでも今日はまだ白雪も舞わず、けれどだからこそ余計に肌寒くもあった。
「あ、え、あ......」
なんていったのか、問い直すべきだろうか。僅か開いた口からは、それすら拒むようにことばにすらならない音だけが漏れていく。
ひどく、喉が渇いていた。
「ごめん、桜。......ごめん」
なにを、謝るの?
なんで、謝るの?
どうして、そんなに苦しそうで、悲しそうなの?
睦月くんは、睦月くんは......。
「桜、ごめん。俺は......」
「いや!」
ありったけの、声量。私からそれだけの声が出ることに驚いてか、睦月くんが目を丸くして私を見る。私自身、私がこんなにも大きな声を出すことができたことに、とても驚いた。
私は慌てて口元を手で抑えると、けれどそれでも伝えたいことはあるから懸命に首を振る。
「それ以上、聞きたくない......」
どうか、嘘だと言ってください。
どうか、どこにも行かないと、言ってください。
どうか、ずっと傍に......。
どうか、どうか。
「桜、ごめん。俺は......」
もう、決めたのだ。
どうして。どうして、どうして。
どうして、あなたは受け入れてしまうのか。
どうして、あなたは生き急いでしまうのか。
どうして、あなたは......私と、生きる道を選んではくれないのか。
私など、睦月くんにとって所詮はその程度の存在だったのだろうか。
私ばかりがどんどん睦月くんに惹かれていき、想い慕っていたのだろうか。
ああ、私は。私は、なんてさもしいのだろう。
私はきっと、本当はとても醜くて汚い。
だって、だって......。
「桜? ......っ!」
きえないきずを、あなたに。
私という存在を、小さな傷に代えてでも刻み付けたい。
それが、やり場のない募った想いの捌け口だった。
「桜......」
すぐ傍で、それこそほとんど距離などない場所で揺れる、黒い瞳。だいすきなあなたの、だいすきな瞳。
そう、私は......私はもう、ずっと前からあなたがすきだったのだ。
今更気付いても、遅いのに。なにもかもが、今更なのに。
泣き出したくなる、喚きたくなる想いを耐えて、私は睦月くんに背を向けて駆け出した。
「桜!」
こんな終わりなんて、望んでいなかった。
終わり自体、望んでなどいなかった。
逃げるように自分の家に駆け込んだ私は、扉を閉めたそのままに、扉を背にしたままずるずると座り込む。
頬を、口元に当てた手を、次から次へと生暖かい滴が濡らしていく。
「ふっ、うう......」
耐えきれない嗚咽をこぼす私には、初めて交わした口付けの感触さえわからなかった。
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