秋めく季節。色付く木々が鮮やかな葉を誇るそんな時分、私はかねてからの約束通り、睦月くんや彼のお兄さん、妹さんと一緒に散策に来ている。

とはいえ、閉鎖的なこの村のこと、散策と行っても遠出ができるような環境にはなく、村外れの紅葉を眺めつつ高台でお弁当を食べ、談笑しあう程度のかわいらしいお散歩なのだけれど。

でもそのかわいらしいお散歩が、私にはとてもとてもしあわせな時間だった。





《桜色めく幸福》







夏の暑さも和らぎ、それでも冬の寒さはまだ遠い、そんな日和の今日。もともと積極性に欠く私は、それでも今日の行楽に誘ってもらった喜びをどうにか伝えたくて、あるだけの勇気を振り絞ってお弁当を作ることを提案した。

事前に睦月くんには相談したのだけれど、実はお料理らしいお料理をまともに作ったことのない私は、自分で提案したそれにひどく四苦八苦したのだ。女らしく、と、髪を伸ばすことを強要する母は、そのわりに家事にうるさくはない。自分の領域に踏みいられることを厭うことがその理由だった。

それでも私が頼み込めば、せめて恥じない程度にと手伝ってくれたので、豪勢とはいかずともその役割は果たせる程度のお弁当ができているはず。それを四人ぶん包んだ包みを両手で抱えながら、私は睦月くんの隣を歩く。少し前を、彼のお兄さんと妹さんが仲むつまじく手を繋いで歩いていた。


「紅葉狩り、ぎりぎりだったけど、間に合ってよかったね」


ふいに、肩越しに振り向いた樹月くんがにこやかに笑む。おんなじ......ううん、とてもよく似たふたごなだけあって、笑った表情も似てはいるけれど、やっぱりすこし違う。


「あー......うん、寒くなる前で良かったよ、本当に」
「行こう行こうと計画立てはじめた途端に何度も体調崩すから、行きたくないのかと思ったくらいだし」
「......すみません」


うう......睦月くんのお兄さんだけど......正直なところ、私は樹月くんのことを苦手に思うことがしばしばある。苦手......というよりも、こわい、が正しいのかな。

いいひとだし、本当はやさしいひとなのだと知ってはいるのだけれど、時々......ちょっと、こわい笑みを浮かべることがあるのだ。今みたいに。


「あ、あの......む、睦月くんも、好きで体調を崩してしまうわけじゃ......」


ないのだと、あまり責めないで欲しいという想いを懸命に紡ぐけれど、どうにも言葉とするのは難しい。ぎゅっと、お弁当の包みを持つ手に力を込めて、いっぱいいっぱいで真っ白に染まる頭を、それでもなんとか働かせようと試みるけれど、他人との交流を拒絶して長かった私には、すこしの言葉すらうまく紡げないことが多々あった。

消え入るような声で必死に紡いだその言葉はとても中途半端なものだったと思うけれど、樹月くんはきちんと拾い上げてくれる。少しだけ驚いた顔をした後、どこか嬉しそうにもみえる苦笑を浮かべて。


「睦月にいい味方ができたみたいだね」
「あ、えっと......」
「うーん、確かに睦月の体の弱さはわかってることなんだけど......」
「ちょ、樹月! 俺もちゃんと反省してるから、それは言わないって約束だっただろ!」


え、え......?
な、なんの話だろう......。樹月くん、たぶん私のことを話していたのだと思うけれど、その途中で急に睦月くんが大きな声を出したから、びっくりして話の行方がまったくわからなくなってしまった。

樹月くん、なにを言いたかったのだろう。問いかけてみたくとも、私がそれだけの勇気を出すには結構気力がいるし、なにより睦月くんがどこか必死に続きを隠そうとしているから、訊けなくなってしまう。

気には、なるのだけれど。


「そ、それよりほら、そろそろお昼にしよう! 桜が作ってくれたお弁当、楽しみにしてたんだ!」
「ああ、うん、それは知ってる。だって睦月」
「わーわーわー! い、樹月! だからそれはっ」
「睦月って、とっさの切り替え下手だよね」


......?
えーと、仲、いいね、睦月くんと樹月くん。うらやましいくらい。

お互いがお互いをとても大切に想っている。それはふたごだからという理由も一因かもしれないけれど、でも、このふたりはきっとこれが自然なんだって、なんだかそう思うとうらやましく思う以上に胸の奥が柔らかなあたたかさに満たされていく。

すてきな、きょうだいだなあ、本当に。
もちろん、千歳ちゃんも含めて。

あまり多くを喋らない私は、ふたりの会話や千歳ちゃんとのやりとりを見たり聞いたりしていることの方が断然多かったけれど、でも、そんなみんなの空気がなんだかとても心地よかった。


「桜さん、今日はありがとう」


帰り際、すこし席を外した千歳ちゃんに付き合って、睦月くんも席を外したそんな時。ふたり残された帰り道の端で、樹月くんがそう切り出す。なにに対してお礼を言われているのかわからなくて、思わずきょとんと目を瞬いてしまった私は、一拍後、すぐに慌てて頭を下げた。


「そ、そんなっ、その、わ、私の方こそ、誘っていただいて......あ、ありがとうございます」
「少しは楽しめたかな?」
「は、はいっ! すごく、すごく、楽しかったです......っ!」


わたわたと、いっぱいいっぱいな頭のまま、それでも想いは伝えたくて懸命に言葉を紡ぐ。言葉の足らない私のそれでは、きっとこころに抱く想いの半分も伝えきれていないだろうけれど、それでも少しでも伝わってくれたなら、と、そう願う。

そんな私に、樹月くんはやさしく微笑みかけてくれた。

時々、その、少しだけこわいと思ってしまうこともあるけれど、樹月くんも普段はとても優しくていいひと。そんな内面を滲ませる笑顔だ。


「それなら、よかった。......これからも、睦月のことよろしくね」
「え、あ、そ、それは、私の方で......」
「睦月、夜中まで君への手紙を書いていたり、君からの手紙を読み直したりしてるくらいだからさ。それだけ、君のことが大切なんだと思うんだ」


これを言ってしまったこと、睦月には内緒にしてね。

そう括って今度は悪戯っぽく微笑む樹月くん。

え、え、わ、私が......たいせつ......?
それに、手紙って......あ、もしかして、さっき樹月くんが言いかけていた、睦月くんの体調がなかなか万全にならなかった理由って......。

恥ずかしいような、申し訳ないような、それでいて嬉しくもあるなんて、一貫しない感情の渦に、私の頭は弾けてしまうのではないかと思うくらい、真っ白に染まり上がる。

私の手紙を、私への手紙を、そんなに大切にしてくれているなんて、思ってもいなかった。私がひとりで舞い上がって喜んでいただけではないのだと、そう教えてもらって、熱く火照る身体中を気にする余裕もないくらい、どうしようもなく泣きたくなる。

うれしくてもこんなに泣きたくなるなんて、不思議だ。

どうしよう、すごく、すごく睦月くんに触れたい。睦月くんの、声が聞きたい。睦月くんの、そばにいたい。

私は、わたし、は......。

あの日あの時、私の嫌いな桜の木の下で出会った、儚い雰囲気の彼。

もしもあれが運命だと言うのなら、私は他の多くのひとたちのように、桜の木を愛でることができるようになるかもしれない。

千歳ちゃんと一緒に戻ってくる睦月くんの姿を見つめながら、私はこのひとと生きていきたい、と。

強く、強く願った。










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