睦月様

こうして改めて文を認めるとどうにも緊張してしまうものですね。不慣れ故、お見苦しい箇所もございましょうが、ご容赦いただきたく存じます。

春も終わりを迎えた昨今、暖かさも増し、過ごしやすくなって参りました。五月晴れも遠くはないかと思います。

青空の下、またお会いできる日を楽しみに、今日のところは筆を置かせていただこうかと存じます。









《桜を封じた手紙》







睦月くんの兄、樹月くんに提案してもらい、意気揚々と文机に向かったは良いのだけれど、普段文を認めることもない私には、なにを書いたらいいかもわからず、筆は遅々として進まなかった。

書きたいことや伝えたいことはたくさんあるはずなのに、それを言葉に詰めることは容易ではない。体調のことも気にかかり、何度も何度も文として認めかけたけれど、その度に紙を替え、書き直した。

一番辛いのは、睦月くん。私は文で彼を傷付けたいわけではなくて、彼に少しでも元気をあげられたらいいと思って筆を握っているのだ。だから、中身はなるべく明るいものを、と、そう気を付けて、彼に会えない日はいつも文を認めていた。



睦月様

初夏の陽気ですね。青空が目に痛いほど清々しく、風も爽やかな昨今、洗濯にとても適した日々が続き、干した布団もまた柔らかな太陽の香りに包まれ、眠るに優しく嬉しい季節に思います。

窓を開けると届く薫風があなたにもそよぎますよう。
あなたに優しい夢が届きますよう。








あなたに会える日も、会えない日も。日々重ねてゆく想いが少しずつあなたに染まっていくことがなんだかとても不思議で、けれど同じようにとても嬉しく思うのだから、私はきっととても変わったのだろうと思う。

この髪が嫌で、この髪のせいで奇異な目を向けられることが嫌で、ひとを疎い生きてきた私が、こんな風に誰かを想い日々を生きる時がくるなどと。

今日は暖かい。だからきっと睦月くんも過ごしやすいはず。

今日は少し寒い。睦月くんが体調を崩していなければいいのだけれど。

一日一日、確実に積もってゆく彼への想い。出会った柔らかな春の季節も通り過ぎ、初夏を迎え夏至を迎え、そうしてやがて木々が色付く秋を迎える。その頃には、些細なことでも今彼は、と、その姿を思い起こすようになっていた私は、今ではもうその想いが当たり前になっていて、なにをしていても彼のことを考えない時はないくらいだった。

目の前の木を見上げる。
その身を覆う衣もすっかりなくした大きなその木は、少し寂しげにも見え、彼と出会ったあの日からの月日の移り変わりを感じさせた。

この木のすべてが舞い落ちて、そうしてようやく訪れていた私の安寧。薄桃の花弁を目にすることのない季節にこそ訪れる私のこころの安堵は、彼と出会ったことにより、少しずつ少しずつ変わり始めた。

この髪を、誰もが疎い嫌悪してきたこの髪を、躊躇いもなく触れて綺麗だと紡いでくれた彼。私の安寧は、いつしか桜に関係のないものへと変わり行き、その源は気付けば彼へと行き着いていく。

彼は今、なにをしているのだろう。なにを思っているのだろう。同じ空を、眺めているだろうか。

連ねる文を刻む筆に、私は今日も想いを乗せる。










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