あのダムの一件から数日。あの村での記憶を取り戻したわたしは、相応の態度で樹月たちと接する......こともなく、結局変わらず「今」を生きている。
まあ、当然といえば当然だとは思うけどね。だってわたしたちは今生きているわけだし。思い出や過去はどうしたって今にはならない。抱えた上で、生きていくしかないんだから。
なんて。ちょっと格好いいこと言ってみちゃったりして、現実、今はどうしてるのかってなると、なんだかんだ樹月たちとつるむことが多かったりするんだけど。
やっぱりさ、楽なんだよね。彼らの傍って。安心できるっていうか......。睦月も病弱克服できてるし。昔できなかったこととかもできるわけだし。そんな理由からも、結構遊びに行ったりもした。
そうして刻む大学生活はあっという間に時間が過ぎて、気付けばもう一年が経とうとしている。
終・昨日みた夢の続き
はー、過ぎちゃえば時間なんて本当あっという間だよね。ついこの間わたしがいろいろなサークルに勧誘される側だったかと思ったら、もう勧誘する側になってるし。
まあ、一年近く所属していても、わたし未だにうちは本当に民俗学を研究してるのか、オカルトを研究してるのか怪しんでいたりするんだけど。七不思議とか情報集め出した時には、一瞬小学生にでも戻ったんじゃないかとか錯覚しちゃったよ。
そんなわけだし、勧誘といっても、どうやったらいいかいまいちわからない。下手なこと言えば、詐欺じゃないのかと思われかねないし。だから基本的なことは古株さんたちに任せて、わたしの役割は樹月たちとポスター作ったりすることになった。
とはいえ、わたしの画力とかまだ小さい千歳ちゃんにだって劣るレベルだから。それっぽい感じのを樹月たちに任せてしまったのはむしろ貢献したことにもなると思う。
......わたし作ならある意味目はひけるかもだけどね。
「名前、こんな感じでどうかな」
「ん? あ、いいじゃん」
樹月が書いたポスターの感想を求められ、軽く振り返る。うん、柔らかな色彩で和テイストな仕上がり、なかなかじゃない? これこそいい意味でみんなの目を惹けるよ、きっと。
うんうん、なんてひとり頷いていると、今度は睦月の方が声を上げる。
「あ、インク切れた。名前、黒のマーカー持ってる?」
「ええ〜......そういうのに向いてるようなのなんか持ってないよ」
「買い出し、行ってくる? なんだか少しお腹も減ったし」
ね、と小首を傾げて同意を求めてくる樹月の表情はにこやかな笑顔だけど、わたしと睦月が気付かないはずがない。
間違いなく、行ってこいと言ってる笑顔だ、これ。
「じゃあ、買ってくるよ」
「あ、いいって! 俺が行ってくるから!」
......え、なんでそんな必死なの、睦月。
なんかわたわたと慌てた様子で必要なものをかき集める睦月の様子に首を傾げ、わたしも席を立つ。
「わたしも行くよ」
「いや、いいから。名前は樹月とここで待ってて」
え、いや、でも睦月ひとりで行かせるのも悪いし、ついでだからわたしもジュースでも買ってこようかと思ったりしたんだけど......。
なんてこと言わせてもくれず、睦月はわたしに再度残るよう告げ部屋から出ていく。
......そんなにひとりがよかったのか。少し傷付くんだけど。
肩を竦めて息を吐くけど、数秒後にはまあ、いいか、という思考に切り替わる。そうして気持ちを切り替え、わたしは自分の作業に戻ることにした。サボってもいいけど、あとで面倒な思いするのは自分だし。
と、そんな考えで机に向き直れば、いつの間に移動したのか、樹月が正面に座り、わたしをじっと見つめていた。
「え、なに?」
「うん。......あのさ、名前にずっと訊きたいことがあって」
訊きたいこと? 心当たりがなくて首を傾げるけど、睦月が買い出しに行かされたことには納得がいく。
なるほど、睦月はここまで察したからひとりで買い出しに行ったのか。さすが双子と感心する一方、別にわたしと行くのが嫌だったわけではなさそうなことに安堵する。睦月のくせに、なんて思ってなかったよ、うん。
内心でわたしが脱線してる間にも、樹月はただひたすらにわたしを見据え続けていた。
そんな改められると妙に緊張しちゃうんだけど。なんなの、いったい。
「名前、僕が君に遺した、最期のことばって覚えてる?」
さいご、って......。あの村でのこと、だよね、もちろん。
問われた内容に沿う答えを探して、もう一度刻まれた「昔」のわたしを思い浮かべる。
樹月の、最期。その時、わたしは......。
「......会ってないじゃん」
会えなかったじゃないか。きみが悩んでいる時も、苦しんでいる時も。
最期の、その瞬間でさえ。
きみはすべてひとりで持って逝った。誰にも、触れさせることすらしないで。
なんだか無性に殴りたくなる衝動を拳を握りしめて耐える。「今」のわたしにその資格はないように、「今」の樹月にもそうされる筋合いはないのだから。
「それは......ごめん。今更だし、言い訳になるけど、でも、僕は君を傷付けるつもりはなかった」
当たり前だ。これでわたしを傷付けるつもりであれをしたんだなんて言ったら、「今」の樹月だろうと容赦なく殴ってやる。
......わかってるんだ、耐えられなかったことくらい。その苦しみを、どうしたってわたしにはわかってあげられないことだって。
だからそう、このやるせない怒りは、本当は樹月に向けるものじゃなくて、わたし自身に対するもの。無力で、こどもだったわたしに。
「名前......ごめん。君を苦しめるためにこの話を始めたわけじゃないのに......。僕が言った最期は、その時じゃないんだ」
......へ? その時じゃない?
じゃあいったいいつのことなんだともう一度首を傾げれば、樹月に小さく苦笑された。
「覚えてない? どこにいても見つけるから。何度だって、君を……名前を。だから......。一から、僕を見初めて欲しい」
そのことば、は......。
繰り返される、泡沫のゆめ。明けて覚めるその先を、彼は現にしようというのか。
「何度だって、何度だって。僕は君を見初めるから」
確信と願いを込めた言葉は耳朶に心地よく響き、 そうしていつも締めくくられる。それがいつもの、ゆめの終わり。
けれど今はゆめの中なんかじゃない。ゆめはもう、終わったんだ。
「僕は君を見つけた。そしてまた、君に惹かれたんだ」
何度でも、何度でも。繰り返す想いはきっと、続いていく。
「わたし、は」
答えなんて、そう、もうきっと決まってた。きみがそうであるように。わたしも......。
もう一度出会えたなら。
一から見初めて欲しい。
──あの時選び損ねたみちを、今度はきっと......。
了
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