少しして。戻ってきたみおちゃんと睦月を迎え入れる。家紋風車はすべて揃い、これでようやくみおちゃんたちは帰ることができるわけだ。
さあ、それじゃあ。
最後の幕を、引こうじゃないか。
六・還る
うん、改めて意識して対峙すると、確かにわかる。
みおちゃんの中には、八重がいる、って。
あの日、帰ってきたのは、捕らわれてしまったのは、紗重だけだった。八重があのあとどうなったか、どうしていたのか、この場にいる彼女本人以外には知る術もない。けれどそれは、今更大きな意味を持つことじゃあなかった。……少なくとも、わたしたちには。
だってわたしたちはもう死んでる。幕を引くのは、今。囚われるのは、もう終わりにしようか。
「紗重が苦しんだように、きっと、八重も苦しかったよね」
さっきの出来事を、ぜんぶ、ぜんぶ話す。みおちゃんにはよくわからないかもしれないけど、きっと、届くって思うから。
不安そうに、けどしっかりとみおちゃんに寄り添う繭ちゃんの姿に、だからこそだいじょうぶだと強い確信を抱いていた。
「いこうか、八重。紗重が、待ってる」
手を伸ばす。わたしの傍には、千歳ちゃんと樹月と睦月がいてくれる。
ほら、だいじょうぶ。もう誰も、ひとりじゃない。
「澪……」
「お姉ちゃん……」
少し震える繭ちゃんの声。不安からか、ぎゅっとみおちゃんの服の裾を握る彼女を、みおちゃんもじっと見つめた。
それからゆっくりとわたしたちへと振り向く。
「……私は、生きたいです。お姉ちゃんと一緒に。ずっと、一緒に」
うん、それでいい。それがきっと、本当はみんなの願いなんだ。
叶わない夢をみて、叶うはずだった未来を手放すなんて、もうたくさん。わたしたちにはわたしたちの、みおちゃんたちにはみおちゃんたちの、未来があるから。
伸ばした手に、そっとひとつの手が重なる。視覚的な認識しかできないことがもどかしくて、でも、離さないという意志を込めてその手をぎゅっと握った。
その手の先を見つめて笑えば、その手の持ち主は、少しだけ困ったように笑い返す。泣き出しそうにも見える笑顔は、けれど涙を見せることはなかった。
「おかえり、八重」
「……ただいま、みんな」
ぎゅっと。握った手もそのままに抱き付いてきた八重を、抱きしめる。あやすように背中を叩くこの感触はきっと彼女には伝わっていないだろうけど、それでも構わなかった。
「さ、じゃあまずは澪ちゃんたちを帰さないとね」
自分の中から八重が出てきたこと。驚かない澪ちゃんは、もしかしたらどこかで察していたのかもしれない。
確かめは、しないけど。
今はもう澪ちゃんと呼ぶことに違和感のなくなった彼女たちに笑いかけ、そうして八重を離す。ぐるりと周りを見渡せば、みんな力強く頷いてくれた。
澪ちゃんと繭ちゃんの、しっかりと繋がれた手がなんだか嬉しい。
「よし、行こう!」
まずはそう、暮羽神社へ。
そうして澪ちゃんと繭ちゃんを無事神社まで送り届け、わたしたちはわたしたちの目的のため、歩き出す。しあわせに、なって欲しい。そんなわたしたちの想いを乗せて駆け出した澪ちゃんと繭ちゃんの背が、わたしたちの歩みを力強くしてくれる。
途中でなんか村のひとが八重を襲おうとしてきたけど、まあもうわたしたち幽霊だし。逃げることなんて簡単。それ以前に、今からそこ行こうとしてるっていうのに邪魔してくる意味の方がわからない。
……思考能力退化してるとかだったらかわいそうだけど、よくよく考えずとも、この村のひとたちの自分勝手さは生前からだった。
千歳ちゃん怯えさせるのは許せなかったからぶん殴ってやろうかと思ったのに、樹月たちに止められて断念。……なんかほら、自我っぽいのないし、いいかなって思ったんだけどなー。
あ、でも、殴ったところで痛がらないんだって思うと、やっぱり腹立つからやめてよかった……ん、だろうか。いや、やっぱり千歳ちゃんを脅かすのは勘弁ならん。殴るのは止められるから念を送っておこう。さっきの樹月との話じゃないけど、もし輪廻があったら、転生後悉く若くして禿げますように。
そんなことをしながら進んでいたわたしを、樹月が呆れたように見ていたことに気付いていたけど気付かないふりをした。樹月って絶対こころ読めるよ、本当。
とにかく、そんなこんなで辿り着いた×への道。黒澤家を奥へ奥へと進み、細長い道を進んで……途中やたらと出てきた目隠ししたひとたちは数の暴力かと思ったけど、ほらわたしたちあくまで幽霊だし。足音とか立たないから、全然気付かれなかったんだよね。最終手段で壁とかすり抜けることもできたし。そういうところは便利だよなー。
で、そうして細長い道を進んだ先で、なんか少し開けた場所に出た。蝋燭の灯がたくさんゆらゆらとゆらめくそこは、幻想的というよりなんかちょっと怖い感じ。わたしは初めて来た場所だけど、樹月と睦月はだいじょうぶかな……。
たぶん、ううん、きっと絶対に、思うことはたくさんある。樹月も睦月も、お互いに。
あの時と今とでは状況も事情も違うけど、だけど、傷ってそんな簡単に癒えたりするものじゃないし。ましてや、ふたりの傷は、普通なら想像すらしないもの。それを当たり前の枠に押し込めていたこの村が異常だったんだってことくらい、わたしだって気付いていた。……外のこと、知る機会がまったくなかったわけじゃあないから。
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