艶やかに大輪を咲かす牡丹の花。目を惹いてやまない紅が、ぞっとするほど美しいそれを背に、彼女は、紗重は、確かに笑っていた。


「ずっと、思ってたの。私たちはもともとひとつだったのに、どうしてふたつに別れてしまったんだろう、って」


思えば、こうして他の誰も交えずに紗重とふたりきりで話をする機会なんて、本当になかった気がする。八重と紗重、樹月と睦月、千歳ちゃんとわたし。だいたいいつもみんな一緒だったし、そうじゃなくても紗重が八重と一緒にいないことなんて、そうそうないことだった。

……どうしてこの時はそんな滅多にない状況になっていたのか。それはもう思い出せないけど、紗重の傍で咲き誇る牡丹の紅く濡れた花弁だけは、異様なまでに記憶にこびりついている。


「ずっと、一緒にいられたらいいのに。私たちはそうあれるはずなのに。そう、そうなの。私たちは、ひとつになれるの」


ねえ、そうでしょう。

艶やかに微笑む紗重の姿は現実離れした美しさを醸し出し……、ひどく、ひどく、背筋を冷たくさせた。

ぞくりと這い上がるような寒気を覚えるわたしの目の前で、紗重の白い手が傍らの牡丹へと伸びていく。その光景から、目が、離せなかった。


「私は八重と、八重は私と……ずっと、ずっと一緒に居なくちゃ」


ねえ、そうでしょう。

もはやその言葉は、答えなんて待ってはいなかった。恍惚に笑う目の前の少女は、いったい誰か。まるで知らないひとのような錯覚すら覚え、ぐるり、視界が回るような気さえした。


「だから、ねえ、名前姉」


回る視界。這い上がる悪寒。まるで金縛りにでも遭ったかのように微動だにできないわたしを、紗重はまっすぐに見つめてきた。

暗い、暗い眼差しで。それは、そう。


「邪魔は、しないで」


ぱきん、と、小さな音を立てて、紗重の手元に咲いていた牡丹の頸が手折られる。これは、そう、この目が宿す深い闇は。



狂気、だ。







伍・ふたご







いやな記憶。すべてがまるで夢現のできごとに思えて、今の今まで忘れていたというのに、なんで今になって思い出したのか。

辿り着いた朽木の中は、相も変わらず自然丸出しで、その中を照らす蝋燭の灯りと、浮かび上がる風車との光景が、闇の中でひどく不気味に思えた。……というか、ちょっと今更だけど、蝋燭の灯とかどうなってるの? 誰かわざわざ点けてるとか? 不思議だ。

そんなことを呑気に考えていたわけだけど、状況は相変わらずそんな悠長なことを言ってはいられないもの。朽木に着いてすぐ倒れ込んだまゆちゃんにはびっくりさせられたけど、なんか独り言をぶつぶつ言っているくらいで取り立てて心配いらなそうな様子だからそっとしておくことにした。その辺の浮遊霊とかよりよっぽどこの子の方が怖いんじゃ、と思ったことは秘密にしておく。

とりあえず有事の際にわたしたちに何ができるかは不明だけど、せめてまゆちゃんに危険を知らせるくらいはできるだろうと、一応の警戒は怠らずに、わたしは今樹月と千歳ちゃんと向かい合うようにして適当に座っていた。疲れないし、立っていたって別に構わないんだけど、その辺は気持ちの問題というか、うん、立って話されててもまゆちゃんも落ち着かないだろうし。

不満なのは千歳ちゃんが樹月にべったりなことくらいか。まあそりゃあね、千歳ちゃんが樹月だいすきなことは知ってたし、久々に再会できたからっていうのもよくわかる。でも、でもさ……っ。

憎し、樹月……っ!


「……あのさ、名前、ちょっと訊いてもいい?」


内心でふつふつと憎し度を上げていたわたしは、今まで適当に交わしていた世間話的な思い出話から一転、急に改まってまっすぐ見つめてくる樹月の眼差しに思わず体を強ばらせた。やだ、もしかして樹月……察したの!?

時々そんなことがあるから、ちょっと警戒しちゃったわたしに、けれど樹月は気にした様子もない。勘違い、なら、いいんだけど……。


「なに? 改まって」
「うん……」


視線が落ちる。腰の辺りにぎゅって抱き付いたまま顔を上げた千歳ちゃんの頭を優しく撫でた樹月は、少しだけ儚さを覚えるような笑顔を彼女に向けていた。


「輪廻、って、信じる?」
「は? 輪廻?」


輪廻って、あの? 転生とか生まれ変わりとかそういう。

何を突然、とも思ったけど、考えてみたら突然でもないか。わたしたち、今、こんなんだし。


「輪廻、ねえ。正直今の状況もあんまり実感にはないしなあ」


死んでいる、というその事実は理解している。けど、こうして動いて話してってしていると、なかなか実感はわいてこないものだ。感覚すらないと言っても、わたしがわたしである記憶はしっかりしたものだし自覚もしっかりしているものだから、どうにもなあ……。

だからこそ改まって輪廻だなんて言われても、なんかちょっとぱっとこない。わたしたちは最終的にどこへ向かうのか。気にならないわけじゃないけど、どうとでもなるようになるんだろうとしか考えようがないし。


「りんね、ってなに?」


こてんと愛らしく首を傾げて不思議がる千歳ちゃんには、樹月の持ち出した話は少し難しかったみたい。素直に疑問にするその姿に、樹月は頭を撫でる手を止めることなく苦笑していた。

どう答えようか悩んでいるんだと思う。死んでしまっているわたしたちは、ひどく不安定な存在で、未来なんてもうないのだから、輪廻だとかそういう話は千歳ちゃんに不安と恐怖を抱かせるかもしれない。何もわからないけど、それでも傍には樹月たちがいる。だからこそ何も心配する必要はないのだと、千歳ちゃんにはそう思っていてもらいたい。

それがきっと、樹月の、睦月の、そしてわたしの願いでもあるはずだ。







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