睦月が、死んだ。

そう両親から伝えられた言葉はあまりにも現実味に欠け、理解も納得も置き去りにただただ空虚にわたしの中に響く。

儀式なんてしなければいい。そんなわたしの考えなんて浅はかだと嘲笑うかのように、睦月も樹月も、抗うことなく儀式の日を迎えてしまった。

ううん、少なくとも樹月は抗いたかったはず。そのための手段も方法も思いつけなかっただけで。

わたしだって、散々ごねて喚いて、それなのにふたりのためにできたことなんて、なんにもない。痛みを突き付けて困らせて、そうして無力に足掻いてた。

悔しくて、悲しくて、腹立たしくて、誰より自分が一番赦せない。睦月も樹月も大切だって、口ばかりで守ることもできない自分が、一番きらいだった。

儀式を終えて戻ってきた樹月は、その容姿を一変。きれいな黒髪を真っ白に染め、虚ろに沈んだ眼差しを前に、わたしは声をかけることさえできなかった。

樹月と睦月の儀式は失敗したのだと、村に広がるのは恐ろしく早く。閉鎖された小さな空間故の拡散力に、次は八重と紗重が儀式をしなくてはいけないという話まで乗ってきた。

予想ができなかった話じゃない。だって村にいる双子なんて、樹月たちと八重たちしかいないんだから。

八重たちを逃がす。そう真っ先に告げ、行動を起こしたのは樹月。

自分たちはできなかった逃げるという選択を、だからこそ彼は望んだんだろう。八重たちは、せめて。悲痛なまでの訴えに、もちろんわたしも賛同して、そうして樹月の計画に乗った。

村から出てしまえば、よくこの村に来ていた宗方くんが迎えに来てくれる。そう手配してくれたのも、樹月。だからわたしは八重と紗重を村の出口まで連れて行って、そして……。



日常なんて、壊れる時は一瞬なんだと、誰かが嘲笑う声が聞こえた気がした。







四・合流







「……名前……名前……っ」


遠くで誰かが呼んでいるような気がする。よく知っているようなその声に、引き上げられるように浮上していく意識。だんだんと、というよりも急速に自分を自覚していく感覚を覚え、それがはっきりすると同時に飛び起きた。


「うはあっ! わたし、まさか気絶してたっ!?」


幽霊って気絶できるの!? なんて貴重な体験だ!

なんて続けざまに感動を露わにして、そして一息。まだあまり感動は覚めやらないが、周りの光景を認識できるくらいには冷静さを取り戻してきた。

……あ、やだ、みおちゃん引いてるよ。

って。


「ちちち、千歳ちゃあああああんっっ!」
「きゃあっ」


なんてこと、なんてこと! 起き抜けにこれでもかとかわいい存在を目にでき、わたしはとにかくその存在に抱きついた。そしてぎゅっと強く抱きしめて頬摺りをする。

なんてことだ……っ! 千歳ちゃんの柔らかくて小さな体の感触も、頬摺りまでしたぷにぷにほっぺの感触も、何ひとつ感じられないなんて……っ! 幽霊、不便! 不便!


「……あ、あの、名前お姉ちゃん……」


ちょっと舌足らずな小さな声。遠慮がちに響くその声を耳に、とりあえず声だけでも聞けただけ良かったと感動した。千歳ちゃんはもうそのすべてが癒やし効果を持っている。かわいすぎてどうしよう。


「千歳ちゃん、わたしがわかるの?」
「うん。いつきお兄ちゃんとむつきお兄ちゃんが、ちとせをむかえにきてくれたから」
「そっかー」


ぎゅーっと、感覚ないからわからないけど、それでも抱きしめたいから抱きしめ続ける。ああもう本当、せめて千歳ちゃんのぬくもりとかだけでもわかれば良かったのに。幽霊、不便!


「……って、あれ、睦月いたんだ」
「酷っ! ずっといたんだけど」
「へー」


千歳ちゃんをぎゅうぎゅう抱きしめたまま辺りを見渡せば、樹月とみおちゃんの他に睦月の姿もそこにあった。たぶん樹月とちゃんと話し合えた末の今なのだろう、千歳ちゃんの前では些細なことだ。

あ、でも。


「そうだそうだ、睦月。わたし、睦月殴らないと」
「え、それ本気だったのか」
「わたしはいつでも本気です。とりあえず五倍くらいの力を込めて殴らせていただきたい」
「あれ、増えてない?」
「きりをよくしてみました」


こてんと小首を傾げる樹月の問いにさらりと返せば、心なしか睦月の顔が青く染まって見えた。いや、わたしら幽霊だし、もともと顔色よくはないんだけどね。

ちょっと愉しくなってにっこり笑ったわたしに、睦月だけじゃなくみおちゃんまで後退りしたのは見なかったことにする。


「お、お姉ちゃん……っ、むつきお兄ちゃんをいじめないで……」
「千歳……」


ぎゅっとわたしの着物にしがみついて、わたしを見上げ千歳ちゃんが訴えた。縋るようなその姿に、庇われている睦月が感動した様子で熱く千歳ちゃんを見つめる。麗しいきょうだい愛だ。若干睦月への憎しみが増した。


「千歳ちゃん……わたしはね、睦月をいじめたいんじゃないの。これはね、そう、愛情表現なんだ」


だから痛くもないんだよ。あながち嘘でもないそれを口にすれば、千歳ちゃんはぱちぱちとかわいらしく瞬きを繰り返し。やがて、いたくないなら、と、わたしの着物から手を離した。

かわいいなあ、千歳ちゃん。







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