微睡むような浮遊感を帯びた意識の中で、わたしはきっと、ゆめをみていた。







序・自覚と始まり







「わたしが思うに、睦月が弱々なのは体力がないからじゃないかな」
「弱々言うな」
「……お花見、楽しみにしてたんだけどなあ」


ちらり。恨みがましく視線を向ければ、傍にいた睦月がうっと小さく呻いて黙り込む。桜の開花具合もだいぶ綺麗に開きはじめた今時分。一週間前に予定していたお花見は、睦月が風邪をこじらせたお蔭で水泡と帰した。

まあもちろん健康が一番なわけで、わたしだって鬼じゃない、しおらしく見舞いもすれば心配だってする。快復した時には喜びだってしたし、それに嘘はない。でも。

それはそれ、これはこれ、だ。

病弱を盾にいつまでも甘やかしてたらずっと同じ轍を踏む。それは駄目だ。睦月や彼の兄妹のためにも、わたしのためにも。


「てことで、今日からちょっと体力作りに村中走ろうか。だいじょうぶ、わたしもちゃんと付き合ってあげるからさ」
「いやいやいや、大丈夫じゃないし、だいたい……」
「異論は健康体になるまで認めません。だいじょうぶだいじょうぶ、途中で倒れたらわたしが背負ってきてあげるから。睦月くらい軽い軽い」
「……それはそれで複雑なような……」


わたし、体力には自信あるんだよね。樹月に無駄に元気だよねって嫌味……いや、本人曰く嫌味じゃないらしいんだけど、とにかくそう言われるくらいには元気が有り余ってる。分けられるくらいならこの元気を睦月に分けてあげた方が手っ取り早いんだけどなあ。


「さ、じゃあ行くよ」
「え!? 今から!? 樹月は!?」
「樹月は本の虫だけど体弱いわけじゃないし」


ほらよく見てみなよ、睦月。あっちで見送り空気醸し出してる樹月の笑顔を。僕は絶対行かないからって顔に書いてあるでしょ。無理に引っ張り出すなんてそんな命粗末にするような真似、わたしにできるわけないじゃないか。

そんなわけで。わたしは睦月を引っ張って、樹月に見送られながら村中へと繰り出した。







――パシャ。



いつかどこかで聞いた音が聞こえた気がして、わたしの意識がふわり、自分の中に戻ってくる。自分の中から何かが抜けていくような、そんな感覚を覚えながら……けれど意識はしっかりとわたしに定着していった。

気が付けば辺りは深く、深い闇に飲まれ。わたしはその暗闇の中、ただただ立花家の前で、その家を静かに見上げていたらしい。

……ああ、わたしは……。

ふらり。音と光が向けられた方へと振り向けば、驚いた様子で慌てて四角い箱のようなものを顔の前に構える、ひとりの少女の姿が目に映った。


「……八重? 戻ってきちゃったの?」


どうして。

問う必要はたぶん、ない。

樹月にとって睦月が、睦月にとって樹月が大切な片割れだったように、八重にとっては紗重がいなければ自分が半分失われてしまうのと同義なんだろうから。悲しくて、悔しくて、切なくて……けれど一人っ子なわたしには羨ましくもある、そんな関係。この村がこんな村じゃなければよかったのに、って、何度思ったか知れない。

わたしのことばを受けて、八重はどこか戸惑っている様子。見覚えのある箱を握りしめて、わたしを警戒するように半歩後ずさった。


「八重、だいじょうぶ。わたしはキミを捕まえたりしないから」


今、村の中は、いなくなった八重を捕まえようと躍起になってる。捕まってしまった紗重を助けに来るだろうとは思っていたけど、でも、八重まで捕まらせるわけにはいかない、ん……。

違う。


「あれ?」


違う、違う。

紗重、八重、祭、蝶……違う、違うんだ。これは、わたしは……もう。


「……あ、あの、私……八重さん、じゃ、ありません」


おずおずと。紡ぐ彼女は相変わらず箱を抱え込んだまま、それでもわたしに語りかける。

八重じゃ、ない?

確かに着ている着物は違うけど、でも……。


「私は、澪。天倉、澪です」
「みお……」


聞いたことのない、名前。村の子にその名前を持つ子はいなかったはず。みお、と、もう一度小さく反芻してみるけど、その名前がわたしの中にすとんと落ちてくることはなかった。


「あなたは、その……幽霊、ですよね?」


言いにくそうに。けれどしっかりと発音し問われた言葉は、今度こそわたしの中にすとんと落ちてきて定着する。

そうだ、わたしは。わたし、は……。







もう、しんでいた。











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