いつも使っている愛用の小さなバッグの中身を確認。

ハンカチ、ティッシュ、財布はもちろん、化粧ポーチやその他諸々……うん、準備万端、忘れ物なし。

時刻を確認。

腕時計もつけているけど、自宅の中なら部屋の時計を見る癖がついてる。

待ち合わせまでまだ時間もあるし、今から出れば充分間に合うかな。

いくら私が方向音痴でも、何度も通った道でならさすがに迷ったりしないし。

ガスと電気の確認をしていざ出発、というところで、私の出鼻を見事挫いてくれたのは我が家の電話のコール音。

誰からだろうかと首を傾げながら、玄関に向かいかけていた足を部屋に戻す。

そしてもう何度目かの呼び出しをしながらも鳴り止まない電話の受話器に手を伸ばした。


「はい、雛守です」
「あ、黒澤ですけど……」
「怜さ……っと、怜?」


電話の相手はどうやら怜みたい。

思わず前の癖で怜さんって呼びかけちゃってすぐに言い直した。

でもやっぱり怜に気付かれていたみたいで、電話越しに小さな笑い声が聞こえてくる。


「ふふ。まだ慣れないみたいね」
「た、たまたまだよ。それで怜、どうしたの?」


あの夢から無事に帰ってきた後、私は夢の中で想っていた通り怜と友達になるためたくさん会ったり、話をしたりした。

最初こそ優雨のことを引き摺り続けていた怜だったけど、今では少しずつ……少しずつ、優雨との思い出を語れるようになってきてくれている。

名前もお互い呼び捨てで構わないって言い合って。

……ふふ、こういうのってなんだか子供の頃を思い出すな。

ちょっとくすぐったくて、ほんのり暖かな感覚。

これも優雨が遺してくれたたくさんのもののひとつ。


「そうそう。若菜たちが助けた……えっと、澪さん、だったかしら。そろそろ具合もよくなった頃かなって思って」


私と螢があの夢に捕らわれた理由であり、あの夢から助け出したかった存在でもある澪ちゃんは、今はもうちゃんと目覚めてくれている。

少し衰弱はしていたけど、ひどく健康を損ねていたわけではなかったため目さえ覚めれば退院までそう日はかからなかった。

数日前に螢と一緒に迎えに行ったことは、まだ記憶に新しい。

そのことは怜にも伝えてあった。


「うん、もうだいぶ元気になったみたい」


繭ちゃんのこと、完全に吹っ切れたわけじゃないみたいだけど、でも頑張って前を向こうとしているのは傍目にもわかる。

少しずつ前のように話そうとしてくれてるし、ちゃんと私や螢の方を見てもくれていて……何より。



笑顔が、増えた。



繭ちゃんのこと、忘れる必要はないし忘れたらいけない。

まだ若い澪ちゃんには酷だろうけど、でも、澪ちゃんはそれを抱えて生きていかないといけないから。

……それがきっと、生きているひとがなせること。

なんて、偉そうなこと言える立場じゃないんだけどね。

でも澪ちゃんには螢も私も……繭ちゃんもついているから、きっと大丈夫。

そう、信じてる。


「そう、良かった」


電話越しに伝う、怜の安堵の声。

それに思考から引き戻された私は、すぐに意識を怜との会話に引き戻した。

一拍置いて、怜の言葉が続く。


「それじゃあ、若菜。今度みんなで遊びに来ない?」
「みんなって……螢と澪ちゃんと?」
「ええ。深紅と一緒に待ってるわ」








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