苦しい。
痛いくらいに苦しくて、喚きたいほどに悲しい。
喉の奥や目の奥が燃えるように熱くて、息の仕方を思い出せなくて呼吸ができない。
私は、私はこんな仕打ちを受けるために痛みを我慢してきたの?
「私」を、置いてきたの?
「誰か」の柊は、「私」を……あのひとを失ってまで背負わなければならないものなの?
赦せない赦せない赦せない。
悲しい苦しい痛い辛いニクイ悲しい痛い痛い苦しい。
だいすきだったあなたの笑顔はどこ?
私は、わたしは、あなたのそんな顔なんて見たくなかった。
わたしは、ただ……。
九 「終幕」
「ただ、もう一度……会いたかった」
離れたくなかった、一緒にいたかった。
ただそれだけ、だったのに。
そう感じた次の瞬間、それまでの締め付けられるような胸の苦しみがふっと軽くなり、私は緩やかに目を開けてみる。
真っ先に視界に入ってきたのは大きな、とても大きな一本の木。
だけどここは屋外じゃあない。
私はここがどこか……知ってる。
……ううん、教えて、もらったんだ。
木を見上げて、それからそのまま視線を落とす。
その視線の先、私の足元には何かの破片が落ちていた。
これは……。
「砌の鏡」
そう、これが蛇目。
これがあれば社の奥からあの場所に行ける。
「ゆきなさよ、はたて……」
ゆきなさよ、はたて。
砌の鏡の欠片を拾い上げ、見つめる。
次いで視線を目の前の木の奥にある扉へと移ろわせた。
「……もう、みなくていいから」
今行くからね、零華さん。
心の中で呟いて歩き出した私は、けれどすぐに聞き馴染んだ声をかけられ足を止めた。
「若菜!」
この声は……。
「……螢?」
振り向いた私の視線の先に立っていたのは、驚いた様子でこちらを見ている私の大切なひと。
天倉、螢。
一度目を瞬いてから彼の名を呟けば、彼は慌てた様子でこちらへと駆け寄ってきた。
かと思ったら、両手で肩を掴まれて、凄い剣幕で見据えられる。
あ、あはは……や、やっぱり怒ってる、よね?
「若菜、どうしてここに!? いや、それより怪我はないか!?」
螢……。
「ごめんね、来ちゃった。怪我はしてないよ、大丈夫」
怒るより心配してくれた螢に何だか申し訳なくも嬉しくて。
ありがとう、って伝えると、螢はようやく少し落ち着いてくれたみたい。
安堵した様子で息を吐いて小さく苦笑を浮かべる。
「若菜は言い出したら聞かないし、たぶんいつかは来てしまうんじゃないかとは思っていたんだ。俺が招いてしまっても、招かなくても」
だからせめて無事で良かった。
どこか諦め気味に告げる螢は、やっぱり私のことをよくわかってくれている。
螢にしたら心配だから来ないで欲しかったというのが本音みたいだけど、私だけじっとはしてられないもの。
待っているだけは、嫌だから。
そんな想いを抱える私に、螢は優しく微笑を向けてくる。
「じゃあ約束通り、俺の傍を離れないように」
約束……。
あ、螢が眠りの家の夢を見始めたって聞いた、あの時の?
「ふふ、じゃあ、守ってくれるんだ?」
「当たり前だろ。……頼りないかもしれないけど、若菜だけは絶対に守ってみせるさ」
冗談めかせて小首を傾げれば、真っ直ぐに揺るぎなく答えが返ってきて少しびっくりした。
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