震える手で、ゆっくりとゆっくりと文を開く。読みたくて、でもどうしてか読みたくなくて、どうにも動きが緩慢になってしまう。
睦月くん......睦月くん。
会いたくて、会いたくて。でも、この文を読んでしまったら、それが叶わなくなってしまうのではないかと思えて。
いつでもこころ待ちにしていた睦月くんからの文が、こんなにも複雑な気持ちにさせるなんて、思いもしなかった。
それでも、ゆっくりと開いた文に目を通す。そうして、書かれた文字を、ひとつひとつ追っていく。
「あ......ああ......」
ぽたり、ぽたり。ぽろぽろ、ぽろぽろ。
次から次へと溢れる涙。
ひとは、こんなにも泣けるものなのだと、初めて知った。
「睦月くん......睦月くん......っ」
あかい蝶の中に、睦月くんがいないこと。さっきまでそれが救いだったというのに。
「うあ......あああ......っ!」
どうして、あなたはそこにいないの?
流れる時など、私にはなんの意味も価値もない。
ーー桜、嫌いなのか?
私は、今も覚えている。
ーーごめん。俺、君の名前知らないんだ。俺は立花睦月。君は?
あなたがくれた、はじまりの一片も。
ーー俺、生まれつきあんまり丈夫じゃないんだ
切なく笑う、その表情も。
ーーありがとう。その......すごく、嬉しい。俺も桜に会えないかと思ってここに来たから
よろこびを教えてくれた、はにかむようなその笑顔も。
ーー少しずつでいいんだ、少しずつ、ことばでも桜の想いを伝えてもらえたらなって思う
文にまで込めてくれた、あなたのやさしさも。
ーーいけなくないけど、もったいないかなって。
あなたのくれたもの、全部、ぜんぶ。
ーーうん、ちょっとさ、嬉しいんだ。ふだん知れないような桜のこころを知れるようで
私は、覚えているの。
ーーごめん、桜。......ごめん
ねえ、だから......睦月くん。
ーーきれいだと思うよ、俺は
あなたのいない世界になんて、私にはなんの価値もない。
ーーきれいだから。......おんなじ色
あなたのいないこの世界は、私の意味をすべて奪ってしまう。
黒い黒い闇が迫る中、それでも私に恐怖はなかった。
だって私は、あの闇がなにかを知っている。
あの闇がなにか、わかっているから。
ねえ、睦月くん。
私はまた、あなたにあうことができるでしょうか。
結局。私が、桜をすきになることは、なかった。
了
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