ああ、そうか。沈んでしまったんだ。
深く、深く……。
手を伸ばしてももう、触れることの叶わないそれは。わたし、の。
「……また、会えちゃったんだね」
記憶の、在処。
沈んで、沈んで、溶けて、漂う。そんなふわふわした過去。わたしのものじゃないけど、確かにわたしのものであるそれを、わたしが手にして構わないのだろうか。
わたしは、わたしたちは、あの村を、沈めてしまうことを望んでいるのではないだろうか。
「見つける、って、約束したから」
遅くなったけど、ちゃんと見つけた。
告げながらわたしの傍らに腰を下ろす樹月もまた、ただまっすぐに水面を見つめている。彼の片割れもきっと、同じだろう。
「どんなに離れていても、たとえ君が全部忘れてしまっていても。僕は、君を見つけ出す。そう決めていたんだ」
……なにそれ。なんだよ、それ。
悔しい。格好いいじゃないか。
不覚にもついうっかり涙を零してしまいかけたのを、寸でで耐える。逃げたくて、忘れたくて、でも覚えていたくて忘れたくなんかなかった記憶。矛盾する相反する想いは、けれどどれも紛うことない本音でしかなく。
ああ、わたしは。わたしたちは。
結局、あの村からは逃れられないのか、と。
そんな風にも思ってしまった。
ひらり、ひらり。ダムの向こうの方で、紅い蝶が舞う幻がみえる気がする。淡く輝くその蝶は、わたしたちでもあるのかと、少しだけ泣きたくなった。
「わたしたち、今度は生きていけるんだね」
蜘蛛の巣に捕らえられた蝶とは違って。羽ばたける、のだろうか。今度こそ、みんなで。
「……帰ろうか」
お弁当、ここじゃ食べる気になれないし。
見つめる水面の底にあの村がある。そう思っても、感傷に浸る気にはなれず、ただ樹月たちを見据えた。
もしかしたら、宗方くんはわかっていてわたしを……わたしたちを、ここに向かわせたのだろうか。彼にとっても、苦いはずのこの場所を。
前世とかそういうの、あるなんて信じてなかった。ううん、あったとして、記憶が継がれるなんてことがあるとは思ってなかったんだ。
思い出したあの村の記憶と、今まで築いてきたわたしの記憶。混乱しないといったら嘘になるけど、でも……どちらもわたしであるのなら、受け入れたいと思うから。
あの頃のわたしの分まで、生きたいと願うから。
帰路についたわたしたちが、あの村での思い出を語ることも、特段言葉を交わすこともなかった。
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