あ、今更かもだけど、先に産まれた方を弟や妹ってする風習の方が珍しいってことも知っていたんだ、わたし。勉強とかすきじゃないけど、外の話を聞くのはすきだったから。

窺っていいものか悩んで、でもそこはたぶんわたしが踏み込んでいい領域じゃあないだろうから、視線は正面から逸らさない。代わりに、隣を歩く樹月の手をぎゅっと握ってみた。

ぬくもりもなにも感じないわたしたちの手は、それすらも伝えてはくれないと思っていたのに、すぐに握り返してきたわたしより少し大きなその手を見て、ちょっとだけ驚く。けどやっぱり、顔を覗いたりはしなかった。


「紗重が、待ってる。いかなくちゃ」
「八重!」


ふらり。唐突に、まるでなにかに突き動かされるように覚束ない足取りで踏み出した八重を、慌てて引き止める。その声に振り向いてくれたことに、少し安堵した。


「八重、みんなで、だよね」


間違えたら、いけない。

確かに紗重が一番会いたいのは八重だろう。けど、この先でふたりきりはダメだと思う。

繰り返すために、ここに来たのではないから。

ことここに及んでなお儀式云々とは言わないかもしれないけど、念のため。それに、そのことがなくてもみんなでいこうって、そう願うから。

さいごだし、一緒がいいよね、やっぱり。

そんな想いを乗せたわたしの言葉に、八重はしっかりと頷いてくれた。だいじょうぶ、そんな意味が含まれてるんだって、なんとなく思う。

そうして進んだ先に、それはあった。

大きな、大きな穴。×と呼ばれる、その正式な名すら口にすることを戒められる、黄泉へと通ずる場所。

たくさんの、ひとの命を、想いを、涙を、喰らい続けた、場所。

その穴の前にひとつの大きな岩が置かれ、紗重はそこに佇んでいた。

この場所もわたしには初めてだったけど、察することは容易い。……紗重がいる場所、あの岩こそが、儀式に使われていた場所なんだ。


「紗重」


小さな声が、それでもわかる震えを宿し、揺れていた。こちらを見つめる紗重の顔が、大きく歪む。きっと同じ顔をしているだろう八重が、わたしたちの傍から駆け出した。


「紗重!」
「八重!」
「ごめん、ごめんね、ひとりにして。ごめんね……っ」
「寂しかった、ずっと、ずっと……」


抱きしめあって声を上げて泣きじゃくるふたりの姿に、今くらいはお互いのぬくもりが通じ合えばいいのにと強く思う。だけどきっと……なにも伝わらなくなってしまったこの身でも、ふたりには通じるなにかがあるんじゃないか。そうも思った。

ながく、ながく、離れ離れだったふたりがようやくまた会うことが叶ったんだ。わたしも、嬉しく思う。

今更急ぐ必要なんてないから、ふたりの再会をしばらく見守って、そうしてふたりが落ち着いてからわたしたちもふたりの方へと向かった。その時。



――シャン……っ



耳朶を打つ、軽やかな金属音。鈴の音にも似たそれに、はっとして辺りを見渡せば、いつの間に出てきたんだろう、顔を隠した宮司姿のひとたちが、遠巻きにぐるりとわたしたちを囲んでいた。

これ、は……。


「……ギシキヲ」


低く重く、地の底を這うような声。それが紡ぐ不明瞭な言葉こそが、わたしに彼らがなにかを理解させる。

彼らは……。


「儀式なんて、しないよ」


戸惑うように瞳を揺らした樹月たちや八重たちは、この状況がなにかを理解しているんだろう。そしてそれはきっと、彼らの経験からくるもの。

じり、と、宮司姿のひとたちの方を向きながら僅かに後退る。わたしたちの後ろには、×が控えていた。

シャンシャン、と、耳障りなほどの音がなにかを急かすように打ち鳴らされ、それに合わせるように儀式儀式と口々に囀られる。

うるさいな、しないって言ってるでしょ。

一列に並んだわたしたちは、たぶんきっと、みんなおんなじ考えを抱いているはずだ。

千歳ちゃんを間に挟み、その両手を握る樹月と睦月。樹月の反対の手はわたしと重ねられていて、わたしのもう片方の手は紗重と繋がれていた。もちろん、紗重と八重もしっかりと手を繋いでいる。

感覚なんてなくたって、わたしたちはちゃんと繋がっているんだ。紅い紐で括らなくたって、離れたりなんかしないから。

儀式儀式と相変わらずうるさい宮司姿のひとたちを見据える。にっ、と、口角が自然とつり上がった。


「じゃあね」


キミたちの思い通りになんて、させてやらない。わたしたちはわたしたちのために……死ぬんだ。

儀式なんて知ったことか。もう誰も、この村のために苦しむ必要なんてないはずなんだから。

一歩。歩く必要も持たなくなったのに、こういう感覚は感じられる気がするなんて、錯覚かもしれない。それでも構わなかった。

さがるその先で大きく闇を広げるそこに、浮くこともできるけど身を任せて落ちていく。遠ざかる天井が紗重の絶望だったかと思うと、自然と紗重の手を握る力が増していた。

離さない。どこにいこうと、もう二度と。

感覚のない手にそれでも意志を込めて力を増す。落下と共に濃さを増す闇は、それでもみんなと一緒だから怖くはなかった。

願わくば、二度と繰り返すことのないように。

ぐるり。暗転する視界と共に、わたしの意識は消えていった。











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