「紗重。わたしたちが、いくから。紗重のところに、一緒に」


ね、と、同意を求めた先で、樹月もしっかり頷いてくれた。樹月もきっと、同じ想いなんだろう。紗重ばかりをいつまでもひとりになんてさせられない。

千歳ちゃんはわけがわからないといった様子で首を傾げていたけれど、樹月が優しく頭を撫でてあげていたから、不安そうではなかった。


「たぶん、だけど。八重もつれていけると思うんだ」


ぴくりと紗重の肩が震える。窺うように少しだけ上げられた顔が、黒いその眼差しが、揺れていた。

それもたぶん、最初から気付いていたんだ。小さな違和感として、だったけど。

まゆちゃんと同じ。みおちゃんも、みおちゃんと呼ぶことに何故かわからない違和感があった。みおちゃんはみおちゃん。だけど、そうじゃない。

それはきっと、まゆちゃんの中に紗重がいたように、みおちゃんの中にも……八重がいるからなんだと思う。


「八重、を……」
「うん。だから、ねえ、紗重。紗重はわかっているでしょ? 離れ離れは、辛いんだって」


どれくらいの時間をさ迷ったんだろう。紗重もそう。そして、樹月や睦月も。半分が隣にいない時間を、どれくらい過ごしてきたのか。それはどれだけ辛い時間だったのか。

わたしにはわからないそれを、紗重には……紗重なら、わかるはずだから。

わたしの問いに、紗重の視線はまゆちゃんへと向けられる。まゆちゃんの視線もまた、どこか不安そうに紗重へと向けられていた。


「私は……」


重なる声。同時に紡がれる言葉を、わたしたちはただ黙って聞き続ける。


「八重(澪)とひとつになりたかった。ひとつになれば、ずっと一緒にいられるから」


でも。紗重が、静かにまゆちゃんを抱きしめた。


「……樹月君を……あの時の樹月君を見た時、本当は気付いていたの。私が傍にいても、ひとつなんだと思っても、八重が気付いてくれないなら、八重が悲しんでしまうなら、きっとそれはひとつになったとはいえないんだって」


わかっているから、樹月は願ったんだ。ふたりに、ふたりで生きてもらうその道を。樹月と睦月にはできなかったその道で、一緒に生きてくれることを。

その願いを受けた紗重の言葉に、まゆちゃんの手も紗重へと回る。抱きしめあうその姿が、なんだかとても切なくみえた。


「私は……澪においていかれることが怖くて……でも……。澪に、忘れていかれる方が、もっと怖い」


声が届けられなくて。ぬくもりが届けられなくて。徐々に薄れていくその記憶の方が、きっと何より怖いんだ。

忘れないものも確かにあって、きっと思い出話なんかもしてもらえる。だけど。

傍でそれを一緒に紡いでいける方が、本当はお互いにとって一番いいんだと、わたしは思う。何もわからない寂しさが、今のわたしはわかるから。きっとそれは、大事な片割れのいるまゆちゃんたちには一入のはずだ。


「ごめんなさい。ごめんなさい……。あなたたちは……生きて。私と八重が、樹月君と睦月君が、みられなかった未来を……」


わたしたちにはもうみることのできない未来を。託され、まゆちゃんは静かに……頷いて、くれた。

そうして紗重はまゆちゃんからゆっくりと離れ、わたしたちの方に歩み寄る。少しだけ困ったような小さな笑みを浮かべた彼女の纏う空気は、あの冷たさなんて欠片も残していなくて。

昔の、記憶の中のままの紗重に、わたしからも笑みが零れる。


「ごめんなさい、名前姉。樹月君も、千歳ちゃんも……。ありがとう、私の、私達のために」


そんなの気にすることじゃない。わたしはただ、繰り返したくなかっただけだから。


「私……待ってる。あの時は会えなかったけど、今度は会えるんだもんね」


八重に。皆まで言わなくても通じる意味に、わたしは強く頷いた。

そうだよ、もう、ひとりじゃないんだ。紗重も、八重も。ひとりになんて、しないから。

小さく……今度はかつて一緒に遊んだりしていた頃の、なにも知らずに笑いあえていたあの時の笑顔を浮かべて、紗重は静かに消えていく。彼女がどこに向かい、どこで待っているのか。聞かなくてもわかるから、わたしたちはただ静かに見送っていた。

残されたまゆちゃんを、繭ちゃんと呼ぶことに、もう違和感はない。透明な雫をその目から溢れさせるその姿に、わたしたちはただただ寄り添って、みおちゃんたちの帰りを待った。











[*前] [次#]
[目次]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -